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参照用 記事

いわゆる「一元体」の正体をちゃんと考えてみる

コンヌやその他の人々が探求している謎の代数系F1ですが、記号「F1」は既に定着しており、「一元体」とか「標数1の体」という言葉もよく使われています。しかし、これらの記法/用語法は大変に良くないものです。人を混乱させたりウンザリさせたりと、弊害があると思います。

実は僕自身、以前(いつかは忘れた)F1についてなんかで見た覚えがあるのです。しかし、「F1 = {1}」という記述で、「バカバカしい/ウサン臭い」と感じて何ら興味を持てませんでした。コンヌ/コンサ二の論文で、バカバカしくもないし、ウサン臭くもないことがやっと分かった次第。

この記事内では、説明の都合上、F1に代えてTという記号を使います。「F1」という記号や「一元体」「標数1の体」という言葉がなぜ不適切かというと:

  1. Tは、集合として一元(シングルトン)ではない。0と1の二元である。
  2. T標数が1であると言い切るのは難しい。むしろ、T標数未定義とみなすほうが合理的に思える。
  3. Tは体ではない。環でさえない。ゼロ付き可換モノイドである。
  4. F2は確かに体であり、素数pに対するFpの特殊な場合と考えてよいが、TはこれらのFpとはまったく異質である。

というわけで、「F1」、「一元体」、「標数1の体」はひたすら具合が悪いのですが、そんな記法/言葉を使いたくなる気分・心情は、まー分からなくもないです(以下に説明)。

なぜ「体」と呼びたがるのか

問題の代数系に文字「T」と使ったのは、コレの存在を最初に示唆した人がティッツ(Tits)だからです。歴史的事情はよく分かりませんが、「一元体」と言い出したのはティッツ本人かも知れません。ティッツは、「n次の一般線形群GLn(K)が、n次の対称群(置換群)になるような、そんな体Kがあったらいいな」と言ったらしいです。普通に考えたらそんな体があるわけないので、仮説上の/想像上の“体”として扱われてきた模様。ティッツが欲しかった代数系Tは、結局、体とは全然違うものでしたが、歴史的な事情で「体」と呼ばれているのでしょう。

それと、次のようなアナロジーがあるようです。

足し算がある場合 足し算がない場合
アーベル群(乗法)
可換モノイド
多元環 (algebra) モノイド
加群 モノイド作用付き集合
アーベル群(加法) 集合

ここで、右の欄の各項目には、ゼロを添加した構造を考えます。例えば、単なるアーベル群ではなくて、ゼロ付きアーベル群(演算は掛け算とみなす)となります。集合も基点付き集合(pointed set)を考えます。

このアナロジーを前提にして、足し算がない場合でも足し算がある場合の用語をそのまま流用することが割と普通に行われているようです。例えば、ゼロ付き可換モノイドを「環」と呼び、モノイド作用付き集合を「加群」と呼びます。すると、ゼロ付きアーベル群は「体」と呼んでもいいことになります(やめて欲しいが)。特に、Tは、自明なアーベル群 {1} に0を添加した「体」です。

ほんとに「一元」「標数1」なのか

普通に考えると、「一元」であることと「標数1」は同じことです。1 + 1 + 1 = 0 なら標数3で三元体、1 + 1 = 0 なら標数2でニ元体です。それなら、1 = 0 なら標数1で一元体と。しかし、いくら何でも {1} ではどうにもなりません。

コンヌ/コンサニのように、サクセッサsを使って s;s = s として標数1を定義すれば、足し算がベキ等である半体 B = {0, 1} を作れます(「「掛け算ありき」から見えるエキゾチックな世界と真実の世界」参照)。しかしBは、ティッツが求めていた“体”にはなりません。

二元集合 {0, 1} の上に掛け算を普通に定義して、足し算はどうするか? と考えると、可能性は2つしかありません。1 + 1 = 0 または 1 + 1 = 1 です。1 + 1 = 0 はF2、1 + 1 = 1 はB です。F2は確実に標数2の体、Bは確実に標数1の半体です。しかしどちらもTではありません。

足し算はまったくないのだろうか

結局、Tでは、1 + 1 = 0 でもなく、1 + 1 = 1 でもない; 足し算は未定義とするしかないのです。足し算がないので掛け算だけ、つまりは乗法モノイドです。では、足し算はまったく未定義なのでしょうか? 次のように、0との足し算は認めてもいいような気がします(空欄は未定義)。

0 1
0 0 1
1 1

0 + x = x + 0 = x としてもヨサゲな状況証拠があります。確証がないので今日は書きません(僕の見当違いの可能性もあるし)。もっとも、0との足し算があっても大して役に立たないので、「ないも同様」かも知れませんけど。

もし、Tにおいても0との足し算を認めるなら、F2, B, Tの違いは 1 + 1 の値だけです。

  1. 1 + 1 = 0 なら F2
  2. 1 + 1 = 1 なら B
  3. 1 + 1 = 未定義 なら T

いわゆる「一元体」は何の役に立つのか

1 + 1 = 未定義 とした代数系 T = {0, 1} 上で“線形代数”をすると、確かに、GLn(T) = (n次の対称群) となります。これは(後知恵で追いかけるだけなら)比較的簡単にわかります。足し算なしの線形代数は、この他にも応用がありそうです。コンピュータの話にも使えそうです。

おそらく最も重要なポイントは、一元体が、今までうまく繋がらなかった分野・領域をつなぐ可能性でしょう。Fp(p元体)、Bブール代数)、Z(整数)などは、いずれも基礎的で重要な代数系です。基礎的であるがゆえに、分断された別々な世界を作っているような印象があります。例えば、これらに共通の係数域はありません。いや、ないと思われていました。しかし、Tは、すべての代数系の基礎係数域となります。一段下に「基礎の基礎」を提供するので、分断されていた世界達が、T(so-called F1)を媒介として相互に通行可能となります。

このような相互交流がどこまでのインパクトがあるのか? 僕には予測できませんが、なにやら楽しそうではあります。