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アーベル圏わかりませーん

首都圏におけるワケワカンナイ勉強会の主催者としての名声をほしいままにしているbonotakeさん(id:bonotake)が、「スタート表現論にいそしむ貴方のための圏論」という、メビウスバンド的にひねくれた、いや、ひねった発想のイベントを企画しました。

スタート表現論」は予想外の盛況でしたが(檜山は残念ながら欠席)、これ「…いそしむ…」はさすがにもうダメだろう、と思っていたら、開催可能なくらいの人数は集まっているようです。なんなんだろう?

bonotakeさんに「檜山さん、アーベル圏やって」と声をかけられたのですが、僕はアーベル圏知りません。引き受けたけど(オイッ)。

アーベル圏て、僕は使わないから馴染みがないのです。なんで使わない/使う機会がないかというと、計算モデルの圏がアーベル圏になってくれないからです。デカルト閉圏はもちろん、トレース付き対称モノイド圏とかコンパクト閉圏とかはよく登場するのですが、アーベル圏にはなってないのですよ。

アーベル圏の特徴というと、たぶん次の2つでしょう。

  1. 足し算ができる
  2. 完全列(という概念)が定義できる

「足し算ができる」という概念は加法圏(additive category)として定式化されています。一方で、列や関手の完全性という概念が意味を持つ圏として正則圏(regular category)があります。

圏のアーベル性を加法性と正則性に分解することは恣意的な操作ではなくて、加法的な正則圏(同じことだが正則な加法圏)はアーベル圏である、という事実があるようです。

そこで、アーベル圏が無理なら加法圏や正則圏あたりで手を打てないか、って話になります。知られている計算モデル(例えば、ラベル付き遷移系)が加法圏や正則圏になってないかな? という問題意識ですね。

正則圏に関してはジェンジェン知らないのですが、「加法圏になるか?」はある程度調べたことがあります。残念、僕が知っている計算モデルは加法圏にもなりません。惜しいところまでいっているのですが。加法圏の定義には、実は引き算ができることも含まれます。計算モデルにおける足し算の多くがベキ等(x + x = x)で、引き算ができないのです。無念。

引き算ができないことは大きな痛手で、線形代数の(したがってアーベル圏の)手法の多くが使えなくなります。例えば、意味のある形で核や余核を定義できません。ひょっとして、足し算を仮定しない正則圏の方法なら使えるのかも知れませんが、正則圏はもっとわかりませーん。

それでも、加法圏にはなっている実例は多く、引き算は無理でも足し算がモノイド演算になっています。感覚的な比喩で言うと: 加法圏が整数アーベル群Zみたいなもので、半加法圏が自然数モノイドNのようなものです。小学校の算数だと負の数が出てこないのにけっこうな計算ができるのと同様に、半加法圏でもけっこうな計算ができます。

自然数係数/ブール値係数の行列計算の類似物は、半加法圏においてほぼ完全に再現できます。アーベル圏/加群の圏で図式を追い回す計算に比べると素朴な話ですが、それでも半加法圏けっこう楽しいと僕は感じるんですけどね。絵算も使えるし。

そんな事情で、僕はアーベル圏よくわかりません。アーベル圏の計算は線形代数ですが、僕がよく使う半加法圏は負の数がない算術です。しかも足し算だけです(掛け算はモノイド圏/テンソル圏の話)。でも、最初は数の勘定や足し算から入る、という小学算数の順番からは、半加法圏/加法圏あたりで計算練習するのもいいんじゃないの、とか先に言い訳しておきます>スタート表現論にいそしむ貴方。