プログラマ/ソフトウェア技術者が(主にモナドを動機として)圏論を勉強することは、「普通」とは言えないまでも今では「たまにある」ことです。こんな事態は、20年前には考えも及ばなかったですね。んで、20年後には、プログラマ/ソフトウェア技術者がホップ代数(Hopf algebra)を勉強する事もあるんじゃないか*1と期待したりしてます。20年後に僕は死んでいるかボケている可能性が高いので、今勉強します>ホップ代数。
内容:
- ホップ代数=群
- 計算で挫折した
- 絵算が使えるのかな?
- 絵記号とテキスト記号を決めよう
ホップ代数=群
ホップ代数は量子群(quantum group)とも呼ばれます*2。が、「量子」という形容詞さえ不要で、「ホップ代数=群」ですね。「群の逆元とホップ代数」で言及したように、ホップ代数が余代数(余モノイド)構造を持つのは、余代数構造がないと逆元の概念を表現不可能だからです。「群=モノイド+逆元」を定義したかったら、余代数構造とセットにするしか手段がないのです。([追記]ホップ代数と量子群が同義語かどうかは、注釈とコメントも御覧ください。「区別する人としない人がいる」程度の曖昧なことしか言えないみたいです。[/追記]
圏Cがモノイド圏なら、C内のモノイドとモノイド射からなる圏 Mon(C) を作ることができます。Cが、K-ベクトル空間(Kは体)にテンソル積を一緒に考えたモノイド圏であるとき、Mon(C) はK-代数(K-多元環)の圏です。同様に、Cがモノイド圏であり、各対象Aに余モノイド構造 (A, ΔA, !A) を与える余乗法(対角)Δと余単位!を持つとき、C内の群と群射からなる圏 Grp(C) を定義できます。Cとして、K-ベクトル空間とテンソル積、それと適当なΔと!を備えた圏を選ぶと、Cにおける群対象の圏 Grp(C) は、K-ホップ代数の圏になります。
係数体Kを固定しても、Δと!の取り方は一意ではないので、Grp[C] = Grp[(VectK, Δ, !)] のように、Cをインデックスとするインデックス付き圏を考えたほうがいいでしょう。K-ホップ代数とは、このインデックス付き圏を平坦化(グロタンディーク構成)した圏の対象と見るのがよさそうです。
言いたいことは、「ホップ代数は群に似ている」とかではなくて、ホップ代数は群そのものだってことです。
ただし、ホップ代数が伝統的な群(集合圏における群)の単なる言い換えというわけではありません。多元環やモナドが集合圏におけるモノイドとは違うように、ベースとなる圏を取り替えれば、全然違った様相を呈します。ホップ代数が新しいのは、集合圏とは違った圏を舞台として群概念を考える点です。
計算で挫折した
群の逆元 x |→ x-1 に対応する射を、ホップ代数では対蹠(たいせき*3、antipode)と呼びます。Sとかγ(小文字ガンマ)とかで表すのが普通のようなので、僕もSを使うことにします。対蹠射Sに関して次が成立します(ベースの圏は対称モノイド圏)。
- S(S(x)) = x
- S(x・y) = S(y)・S(x)
見慣れた記号を使えば、(x-1)-1 = x, (x・y)-1 = y-1・x-1 なので当たり前に見えます。しかし、x, yのような変数を使わずに、一般の圏でこれらの等式を示すとなると、そんなに簡単でもありません。
ベクトル空間の圏における計算では、スウィードラー記法(Sweedler notation)という計算技法があるらしいです。それで、スウィードラー記法による計算を追いかけようとしたのですが、… ダメだ。これは苦手だ。まったくワカラン。
絵算に頼ることにしよう。
絵算が使えるのかな?
モノイド、双モノイドの計算では、絵算が効果的です。ホップ代数(=群)では、逆元を表す対蹠Sが加わります。対蹠Sの扱いさえ注意すれば絵算が使えそうです。対蹠Sの性質(2つある等式の片一方)は次の絵等式で表現できます。
実際に絵算をやってみると、対蹠Sに関して絵の直感が働きません。しょうがないので、普通の記号的な計算を絵算に翻訳してみたりして……。なんだか本末転倒な感じがしましたが、この翻訳作業をしばらくしてると、対蹠Sの扱いに少しずつ慣れてきました。やっぱり、モノイド/双モノイドに比べると面倒になりますが、ホップ代数の絵算は機能します*4。
絵記号とテキスト記号を決めよう
絵算で何が大事かって、そりゃなんたって方向ですよ! 射と結合の方向は上から下に決めます。左から右にすると、図式順テキスト記法との対応が楽なんですが、等式を書こうとするとレイアウトがうまくいかないので、上から下ね。対象はワイヤー、射はお団子か箱で表現します。モノイド積は、対象や射を左右に併置して表します。
乗法、単位、余乗法、余単位、対称の描き方はほぼ慣例化しているので、標準的な絵記号を使います。後の一覧表を参照してください。
テキスト記号のほうですが、できるだけ絵記号に似せる方針にします。乗法は multiplication の m を使う例が多いですが、今後∇を使います。余乗法(対角)Δとちょうど上下逆の形になるので具合がいいのです。∇よりY(大文字ワイ)のほうがより絵に近いですが、Yと上下逆の文字が残念ながらありません。単位、余単位は、η, ε を使用する例が多いですが、これも絵にあわせて i と ! 、上下逆の形ね*5。
圏の恒等射は単なるワイヤーなので、I(大文字アイ)。しかし、id という記号を完全に排除するのが難しいので id も併用です。同様な理由で、対称(クロス、スワップ、フリップ、etc.)はX(大文字エックス)とσ(小文字シグマ)を併用。
以下が、テキスト記号(左)と絵記号(右)の対応表です。
先に出した、対蹠Sの性質をテキストで書くと次のようです。慣れるとすぐに絵に直せます。
- Δ;(I×S);∇ = !;i
アスキーアートっぽい表現なら以下のとおり。
Δ !
I S =
∇ i
これで絵算の準備はできました。実際の計算例は次回以降に取り上げます。