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参照用 記事

ベクトル空間上の複素密度 1/2

線形代数と色々な行列式関手」に関連して、符号無しの密度や体積についても知りたかったので調べたら、https://ncatlab.org/nlab/show/determinant+line+bundlehttps://ncatlab.org/nlab/show/densityhttps://math.berkeley.edu/~alanw/GofQ.pdf とたどって、次のテキストを見つけました。

1990年代前半に書かれた物理のテキストのようです。僕が読んだのは、付録A "Densities" の2ページ半だけです。この2ページ半に書いてあることがなんか面白いなー、と思ったので紹介します。ただし、忠実な紹介ではなくて、多少内容を変えています。話の途中で疲れたので、2回(おそらく)に分けます。

内容:

何が面白い?

「面白いなー」と感じたところですが; R上のベクトル空間に載る構造で、しかも“密度”なのに複素数値をとります。これはたぶん、物理への応用を想定しているからでしょう。物理の波動関数なんかは複素数値で、複素数偏角を(トポロジーじゃないほうの)位相として捉えます。関数が複素数値だと、関連する微分形式とかナニヤラも複素数値のほうが都合がいいのでしょう、たぶん(よく知らんけど)。

実ベクトル空間V上の複素数値の密度達は複素ベクトル空間を形成しますが、複素パラメータαごとにベクトル空間 Δα(V) が作れます。αを階数〈grade | 次数〉と解釈すると、複素密度の全体は階〈次数〉付きのナニカ〈graded something〉になります。もちろん、階付きベクトル空間ですが、階付き代数のような構造も持ちます。

通常の階付け〈grading〉には、自然数の可換モノイドNや整数の可換群Zを使いますが、Δα(V) の階付けには複素数の体Cが使われます。Δα(V) が持つ構造は、階付き代数〈graded algebra〉より豊富です。こういう一般化された階付けは、他でも出てきそうな気がします(気がするだけで具体例を出せないのですが)。

基本概念と用語・記法の準備

線形代数と色々な行列式関手 // 線形代数の基本的概念」で述べた概念・用語・記法はここでも使います。ふたつの定義を繰り返し、ひとつの定義を追加をしておくと; 圏Cに対して、

  • EndC(A) := C(A, A)
  • IsoC(A, B) := {f∈C(A, B) | fは同型射〈可逆射〉}
  • AutC(A) := IsoC(A, A) ←これが追加

実数を値とする行列式関手」で、圏Cに対して EndC を定義しましたが、さらに IsoC を定義しましょう。

  • 対象:Obj(IsoC) = |IsoC| := |C|
  • ホムセット: IsoC(A, B) := IsoC(A, B)
  • 射の結合と恒等射は C と同じ。

IsoC は、C の部分圏になります。対象AとBが同型でないなら、IsoC(A, B) = ∅ です。定義より、IsoC の射はすべて同型射〈可逆射〉なので、IsoC は亜群〈groupoid〉です(亜群 = すべての射が可逆である圏)。ここで我々が扱う主たる圏は IsoVect です。IsoC を、圏C同型亜群〈isomorphism groupoid of C〉と呼びましょう。

記法を簡潔にするために、次の略記を導入します。

  • End(n) := EndVect(Rn)
  • Aut(n) := AutVect(Rn)

射の結合を二項演算として、End(n)はモノイドになり、Aut(n)は群になります。R0 = O = {0} と考えるので、End(0)とAut(0)は自明な〈単元な〉モノイド/群です。

n次元ベクトル空間Vに対して、Vn = (Vn) を次のように定義します。

  • Vn := {(v1, ..., vn)∈Vn | v1, ..., vn は線形独立}

V = R のときは、R1 = R = {r∈R | r ≠ 0} です。下付きの'☓'は、線形従属なものは取り除くことを意味します。0次元ベクトル空間Oに関しては、O0 は単元集合です。

Vの順序基底の集合 OrdBasis(V) は、Vn と同一視します。

  • OrdBasis(V) = Vn

主等質集合と群の指標

Gが群で、GはXに(左または右から)作用しているとします。次の条件を満たすとき、G-作用を持ったXを主等質集合〈principal homogeneous set〉と呼びます。以下の記号'・'は右作用とします。

  • 任意の x, y∈X に対して、x・g = y となる g∈G が一意に存在する。

たいていは、G, X に位相があるので、主等質空間〈principal homogeneous space〉がよく使われる言葉です。主等質集合/空間をトルソル〈torsor〉とも呼びます。胴体部分を意味するイタリア語トルソー〈torso〉とは綴が違います*1

群Gが作用する主等質集合を、G-主等質集合〈principal G-homogeneous set〉といいます。左右の区別が必要なら、左G-主等質集合と右G-主等質集合です。

群Gから複素数の群(掛け算で群とみなす)Cへの群準同型写像指標〈character〉といいます。もっと条件を厳しくしたり、もっと一般化した定義もありますが、ここでは「指標」をこの意味で使います。

群Gの指標の全体を Ch(G) := Grp(G, C×) (Grpは群の圏)とすると、Ch(G) もまた群になります。

ベクトル空間の同型亜群上のフレーム主等質集合関手

Vの順序基底の集合 OrdBasis(V) と線形独立なリストの集合 Vn は同一視しました。Vn と IsoVect(Rn, V) も同一視可能です。可能ですが、僕は通常は同一視せずに、IsoVect(Rn, V) の要素をフレームと呼んでいます。が、ここでは、順序基底、線形独立なリスト、フレームを一緒くたにフレーム〈frame〉と呼んでしまうことにします。なぜかというと、順序基底/線形独立なリスト/フレームを区別し続けると、世間の一般的用語法と合わせられないからです。

そういう事情で、

  • Frame(V) = Vn× = OrdBasis(V)

と書きます。

フレーム〈順序基底 | 線形独立なリスト〉の集合 Frame(V) には、群 Aut(n) が作用します。その作用は、Frame(V) = IsoVect(Rn, V) とみなした上で、Aut(n) = IsoVect(Rn, Rn) の射を前結合〈pre-composition〉することにより定義します。図式順記法(結合記号は';')なら左作用、反図式順記法(結合記号は'\circ')なら右作用です。ここでは、図式順記法/左作用を使います。

フレーム集合 Frame(V) は、前段落で述べた左作用により、Aut(n)-左主等質集合になります。この主等質集合を FramePHS(V) = (Aut(n), V) (dim(V) = n)と書くことにします。

さて、主等質集合の圏をPHSとします。この圏の射 f:(G, X)→(G, Y) in PHS は、写像 f:X→Y で、G-作用を保存するものです。G ≠ H のときの PHS((G, X), (H, Y)) は空集合とします。これはだいぶ雑な定義ですが、今はこの定義でも十分です。

ベクトル空間のあいだの同型射 f:V→W in IsoVect があると、フレーム等質集合のあいだの写像 (Aut(n), Frame(V))→(Aut(n), Frame(W)) はルーティーンに定義できます。これを、FramePHS(f):FramePHS(V)→FramePHS(W) in PHS とします。これで、次の関手が定義できました。

  • FramePHS:IsoVectPHS

これは、ベクトル空間の同型亜群上で定義されたフレーム主等質集合関手〈frame principal-homogeneous-set functor〉です。

ρ-同変な複素密度

自然数 n ごとに群の指標 ρn:Aut(n)→C が決まっているとします。このような指標の族を単に ρ と書き、ρn = ρ という略記も使います。

前節で述べたフレーム主等質集合 (Aut(n), Frame(V)) (dim(V) = n)を考えて、集合Frame(V)上の複素数値関数 a:Frame(V)→C が次の条件を満たすとき、ρ-同変〈ρ-equivariant〉だといいます。

  • For A∈Aut(n), v∈Frame(V), a(A;v) = ρ(A)a(v) on C

群元Aによる作用が、指標ρを介した掛け算として反応するわけです。

ρ-同変な複素数値関数を、ρ-同変な複素密度〈ρ-equivariant complex density〉とも呼びます。「密度」を使ったのは、ベイツ/ワインシュタイン〈Sean Bates, Alan Weinstein〉のテキストで密度と呼んでいるからです。ベクトル空間に対しては、密度と体積の区別が難しいですね -- ミクロとマクロが一致してしまうので。ρ-同変な密度は、ρ-同変な体積と言っても別にかまいません。密度〈density〉と体積〈volume〉の違いには拘らないでください。

密度/体積と呼ぶココロを説明します; n次元ベクトル空間Vのベクトルからなるリスト v = (v1, ..., vn) ∈Vn を、平行体(平行四辺形や平行六面体の一般化)と思って、その体積を vol(v) = vol(v1, ..., vn) と書きました*2(「線形代数と色々な行列式関手」参照)。この体積は、標準的行列式detに関してdet-同変な関数です。

  • For A∈Aut(n), v∈Frame(V), vol(A;v) = det(A)vol(v)

この体積は符号付き〈signed〉で、ベクトルの順番を交換すると符号が変わります。次の条件を満たすvolならば、素朴な意味での“体積”に近い量となるでしょう。

  • For A∈Aut(n), v∈Frame(V), vol(A;v) = |det(A)|vol(v)

A \mapsto det(A) も A \mapsto |det(A)| も、Aut(n)上の指標になっています。ベイツ/ワインシュタインのテキストで使われている指標は、適当な複素数αによる、A \mapsto |det(A)|α です。一般的な指標(の族)ρに伴うρ-同変密度は、通常の(符号付き/符号無し)の密度/体積を一般化したものになっています。

ρ-複素密度のベクトル空間

ρ-同変な複素密度を単にρ-複素密度〈ρ-complex density〉、複素数値であることが了解されているならさらに短く ρ-密度〈ρ-density〉と呼ぶことにします。

主等質集合 FramePHS(V) = (Aut(n), Frame(V)) 上のρ-密度全体の集合を Δρ(V) とします。Vが与えられれば、Δρ(V) は決まります。Δρ(V) は単なる集合ではなくて複素ベクトル空間になります。このことは、Δρ(V) の定義に従えば容易にわかります。

f:V→W in IsoVect のとき、Frame(f):Frame(V)→Frame(W) が誘導されるので、ρ-密度 a:Frame(W)→C を Frame(f) で引き戻すことができます。

  • ρ)*(a) := Frama(f);a

引き戻された (Frame(f);a):Frame(V)→C もρ-密度になることも分かるので、

  • ρ)*ρ(W)→Δρ(V)

が定義できます。

ρ)*(f) が線形写像になること、(Δρ)* の関手性〈functoriality〉も示せるので、(Δρ)* は反変関手 (Δρ)*:IsoVectopC-Vect となります。ここで、C-Vect は複素ベクトル空間の圏ですが、有次元で済むかどうかは(僕は)よく分かりません。任意の指標ρではなくて、具体的に与えられたρでは有次元で済むことがありますし、実際にはそういうケースを扱うでしょう。

ρ)*(f) := (Δρ)*(f-1) と定義すれば、共変関手 (Δρ)*:IsoVectC-Vect が定義できます。共変関手バージョンのほうが使いやすそうです。

それから

ベイツ/ワインシュタインのテキストで使っている指標は、A \mapsto |det(A)|α の形のものです。このとき現れる複素数αを動かすことによって、Cで階数付け〈grading | 次数付け〉されたシステムを構成します。ρ(A) = |det(A)|α に対する Δρ(V) を Δα(V) と書いてしまうとことにして、複素ベクトル空間達 Δρ(V) に二種類の積〈双線形写像〉を定義して、階付き代数に近い構造を導入します。

ここらの話は続き(たぶん1回)で述べる予定です。

*1:「じゃ、なんの意味なんだ?」と聞かれても僕は知りません。軽く調べただけだと意味不明です。造語なのか?

*2:vol( (v1, ..., vn) ) と書いたほうが正確だけど、面倒だから括弧を二重にしていません。