圏論の基本的な記法に、dom, cod, id があります。f dom(f), f cod(f), A idA、idだけ引数〈argument〉が下付きで入るんですよね。id(A)としなかったのは、id(A)が関数のとき、関数の引数を渡すと id(A)(x) となるからでしょう。丸括弧で囲まれた引数が続く形は何故か嫌われていて、この形を避けるために下付き添字にされることは多いです(意味ね-けど)。
下付きにされると困るのは、入れ子にすると読み書きが困難になることです。
- HTMLの'sub'使用: idididA
- TeXの'_'使用:
丸括弧を使えば id(id(id(A))) とするだけです。DOTN二号記法では'^'〈サーカムフレックス | ハット | カレット〉で恒等射を示すので、A^^^ です。
idに下付き添字を使うなら、id0, id1, id2, … と番号にして欲しかった。高次圏まで考えると、そのほうが便利。“圏の圏”は2-圏なので、高次圏は無縁と言ってはいられません。
高次圏Cの構成素を次元ごとに分けて:
- 0-Mor(C) = Obj(C) = |C| は、対象=0-射 の(大きいかも知れない)集合
- 1-Mor(C) = Mor(C) は、射=1-射 の(大きいかも知れない)集合
- 2-Mor(C) は、2-射の(大きいかも知れない)集合
- 以下同様
idは、k-射に(k + 1)-射を対応させる写像なので、
- id0:0-Mor(C) → 1-Mor(C)
- id1:1-Mor(C) → 2-Mor(C)
- id2:2-Mor(C) → 3-Mor(C)
- 以下同様
A∈|C| ならば、入れ子 id(id(id(A))) は、id2(id1(id0(A))) です。
異なる圏〈高次圏〉のidを識別するために圏の名前を上付きにすると、
- idC0:0-Mor(C) → 1-Mor(C)
- idC1:1-Mor(C) → 2-Mor(C)
- idC2:2-Mor(C) → 3-Mor(C)
- 以下同様
圏の圏(ただし、小さい圏の圏とする)Catを考えると:
- Catの対象Cごとに、idC0, idC1, idC2, … がある。
- idCat0, idCat1, idCat2, … がある。
idC0 はあるが、idC1, idC2 なんて無いだろう? って -- いや、あります。Cの1-射fに対して、idC1(f) は f = f という等式に相当します。idC2(f = f) は、(f = f)⇔(f = f) という、等式のあいだの論理的同値関係に相当します。
idCk という書き方は、どの圏〈高次圏〉の何次元の恒等射構成(k-射から(k + 1)-射を作り出す写像)かが明らかになりますが、煩雑なのも確かです。僕は次のような省略規則を採用しています。
- Catの対象Cの idC0 は単にidと書く。
- idCat0 はIdと書く。
- idCat1 はIDと書く。
以前は、IDの代わりにギリシャ小文字ι〈イオタ〉を使ってましたが、手書きで'i'〈ラテン小文字アイ〉や'1'〈イチ〉と区別するのが難しいのでやめました。視認性が悪いと、コミュニケーションが阻害されトラブルを引き起こします。
C, D∈|Cat| に対して、Cat(C, D) は圏(関手を対象とする圏)になるので、この圏(ホム圏といいます)のidがあります。
- Cat(C, D)ごとに、idCat(C, D)0, idCat(C, D)1, idCat(C, D)2, … がある。
idCat(C, D)0を略記するとき、idにするかIdにするか、はたまた他の記号にするか? -- 僕は決めてなかったので、気まぐれに色々変わってましたね。
ともかく、単なる英字2文字'id'とか、漢字3文字「恒等射」とかで片付けないで、その英字2文字/漢字3文字がどれほど多様な意味と用法を持っているかも把握しておきましょう。