ひとつ前の記事「n次元空間の境界の向き」で、n次元ベクトル空間 の向きが決まっていても、(n - 1)次元部分ベクトル空間
の向きは必然的には決まらないし、決める方法〈アルゴリズム〉の優劣も判断できない、という話をしました。
親のベクトル空間の向きから部分ベクトル空間の向きを誘導する手続きには、なんらかの不定性・任意性・恣意性が入り込むようです。では、その恣意性はどのタイミングでどのように入り込むのでしょうか? ちょっと考えてみましょう。
内容:
部分ベクトル空間の向き決めの構造
話を一般化するために、部分ベクトル空間が半空間の境界になっているという前提は外します。n次元ベクトル と、その部分ベクトル空間(次元は何でもいい)
があるとします。便宜上(議論の単純化のため)
は内積ベクトル空間だとします。
の直交補空間は一意に決まるのでそれを
とします。次の制約はあります。
正規直交フレームの集合や向きの集合は「n次元空間の境界の向き」で定義したとおりとして、 などの書き方はそのまま使います。
さて、次の線形同型写像は、 から一意に決まります。
ここで、liso の 'l' は left の意味で、部分ベクトル空間 が左(第一の)の直和成分〈direct summand〉として出現していることを示します。
が右の直和成分となる場合は:
のどちらも標準的〈canonical〉な同型で、
だけから任意性なく一意確実に決まる線形写像です。しかし、
のどちらを選ぶかで任意性・恣意性が入り込みます。
今ここでは、 を後で使用する線形同型写像として恣意的に選びます。
恣意的に選んだ から、次の可換図式内の写像(1)、写像(2)が(これは一意的に)決まります。
写像(1)は次のように記述できます。 とします。
と
を、ベクトルのリストの形で与えられた2つのフレームとして、リストの連接〈concatenation〉をして
を作ることが写像(1)。
上記の可換図式で表される構造が、部分ベクトル空間 の向きを決める行為の背後に潜在していると見ていいでしょう。
向き決めの実際
親のベクトル空間 に向きが決まっているということは、二元集合
のどっちかの要素が特定されていることです。特定されている要素を
とします。前節の可換図式の下側を再度書いてみると:
ここで、 は四元集合で、
は二元集合です。特定された要素(
の向き)の逆像
は二元集合になってしまいます。つまり、一意には決まりません。
の向きだけでなく、直交補空間
の向きも決めてしまえば、
の向きが一意に決まります。これは、境界部分ベクトル空間の場合の直交補空間に、外向きか内向きかを特定することに対応します。
の場合でさえ、直交補空間
にもとと同じ向きを入れる筋合いはない、と考えれば恣意性が入ります。
結局、親のベクトル空間 の向きが決まっても、直交補空間
の向きの情報の不定性がある限り、向き決めに恣意性が入り込むことは避けられないことになります。