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参照用 記事

圏上のチェーンの畳み込み積

ふと気が付いたことがあって、なんか面白い解釈や応用がないかいな? と考えてみましたが何も思いつかないので事実だけ述べます。

モノイド上のチェーン

数(スカラー)として実数Rを採用します。別に有理数でも複素数でもなんでもいいけど、とにかく「数とは何か」を決めておきます。(M, ・, 1)をモノイドとします。・が掛け算で、1は単位。この状況で、Mの有限個の元の形式的な線形結合を考えます。k1, k2, ..., kn がn個の実数、a1, a2, ..., an がn個のMの元のとき、k1[a1] + k2[a2] + ... + kn[an] のような形の表現が形式的線形結合です。[a1], [a2] などは、Mの元 a1, a2 に対応する形式的記号です。

いま定義した表現(形式的線形結合)をとりあえずチェーンと呼んでおきましょう。チェーンの足し算とスカラー倍は形式的な計算で定義できます。例えば、a, b, c∈M として、2[a] + 1[b] と -3[b] + 5[c] の足し算は:

  (2[a] + 1[b]) + (-3[b] + 5[c])
 = 2[a] + 1[b] + (-3)[b] + 5[c]
 = 2[a] + (1 + (-3))[b] + 5[c]
 = 2[a] + (-2)[b] + 5[c]

です。全部同じ「+」で書いてますが、形式的な結合を「+」、チェーンの足し算を「」、数の足し算「」とでも書き分けると:

  (2[a] + 1[b])  (-3[b] + 5[c])
 = 2[a] + 1[b] + (-3)[b] + 5[c]
 = 2[a] + (1  (-3))[b] + 5[c]
 = 2[a] + (-2)[b] + 5[c]

もっと分かりやすいチェーンの表現は、チェーンをM上の実数値関数と考えることです。例えば、2[a] + 1[b] ならば、次のような関数f:M→Rだと考えます。

  • f(a) = 2
  • f(b) = 1
  • xがaでもbでもないなら f(x) = 0

ただし、f(x)≠0 となるxは有限個しかないとします。このとき、チェーンの足し算とスカラー倍は、関数の足し算とスカラー倍で与えられます。

チェーンの掛け算

M上のチェーンを、関数f, g:M→Rで表現して、その掛け算 f*g を定義します。f*g = h とすると、hは次のような関数です。

  • h(x) = Σs・t = x (f(s)g(t))

これだけだと分かりにくいので、M = {1, 2, 3, ...}、・は普通の掛け算として、より具体的に書いてみます。

  • h(1) = Σs・t = 1 (f(s)g(t)) = f(1)g(1)
  • h(2) = Σs・t = 2 (f(s)g(t)) = f(1)g(2) + f(2)g(1)
  • h(3) = Σs・t = 3 (f(s)g(t)) = f(1)g(3) + f(3)g(1)
  • h(4) = Σs・t = 4 (f(s)g(t)) = f(1)g(4) + f(2)g(2) + f(4)g(1)
  • h(5) = Σs・t = 5 (f(s)g(t)) = f(1)g(5) + f(5)g(1)
  • h(6) = Σs・t = 6 (f(s)g(t)) = f(1)g(6) + f(2)g(3) + f(3)g(2) + f(6)g(1)

別な例として、M = {0, 1, 2, 3, ...}、・は足し算+のことだとすれば:

  • h(0) = Σs + t = 0 (f(s)g(t)) = f(0)g(0)
  • h(1) = Σs + t = 1 (f(s)g(t)) = f(0)g(1) + f(1)g(0)
  • h(2) = Σs + t = 2 (f(s)g(t)) = f(0)g(2) + f(1)g(1) + f(2)g(0)
  • h(3) = Σs + t = 3 (f(s)g(t)) = f(0)g(3) + f(1)g(2) + f(2)g(1) + f(3)g(0)

なんか見たことあるような気がしませんか。形式的な変数(不定元)Xを導入して、f(0) + f(1)X + f(2)X2 + f(3)X3 + ... 、それと g(0) + g(1)X + g(2)X2 + g(3)X3 + ... という2つの多項式を作ると、f*g = h に対応する多項式は:

  • f(0)g(0) + (f(0)g(1) + f(1)g(0))X + (f(0)g(2) + f(1)g(1) + f(2)g(0))X2 + (f(0)g(3) + f(1)g(2) + f(2)g(1) + f(3)g(0))X3 + ...

つまり、いま定義した積は多項式の普通の積と思ってもいいわけです。M = {..., -2, -1, 0, 1, 2, 3, ...}のときは、負の指数も許すのでローラン多項式の積になります。

  • h(x) = Σs + t = x (f(s)g(t))

において、s, t, x が負でもいいなら、s + t = x から t = x - s となるので、

  • h(x) = Σs (f(s)g(x - s))

Σs を積分 ∫ds にした形を見たことがある方もいるでしょう。積分のときは畳み込み積(convolution product)と呼ぶので、モノイドM上の関数(チェーン)の積 f*g も、fとgの畳み込み積と呼ぶことにします。

圏上のチェーンと畳み込み積

モノイドは特殊な圏(対象が1個しかない圏)とみなせます。であるなら、チェーンと畳み込みの概念を圏に対して一般化できそうです。Cを圏として、Cの射(1-セル)の集合も同じ記号Cで表します。モノイドのときと同じく、圏C上の実数値関数F:C→Rをチェーンと呼びます。大文字Fを使ったのは、Cの射をf, g などと書くからです。

Fは有限個の射を除いて0の値を取るので、実数 k1, k2, ..., kn と、射 f1, f2, ..., fn から作った形式的線形結合 k1[f1] + k2[f2] + ... + kn[fn] をチェーンとも思えます。好きなほうで考えてください。

F, G:C→R が2つのチェーンのとき、F*G = H は、

  • H(h) = Σf;g = h (F(f)G(g))

となります。H(h) を求めたいなら、h = f;g という分解に対して実数値の積 F(f)G(g) を作って、あらゆる分解に渡って足し合わせます。

特別な例:行列の掛け算

圏Cを次のように作ります。

  1. Cの対象は{1, 2, 3}
  2. 任意の i, j∈{1, 2, 3}に対して、i→j の射が1本ずつ在るとする。この射を[i, j]と書く。
  3. 射の結合は [i, j];[j, k] = [i, k] と定義する。
  4. 対象iに対する恒等射は[i, i]。

Cは有向完全グラフの形をしています。射の結合(合成)と恒等射に関して、結合律と単位律が成り立つのは明らかなので、Cは実際に圏です。

C上のチェーンは、射[i, j]に対して値を取ります。F([i, j])の代わりにF[i, j]と書きましょう。iとjは1, 2, 3の範囲で動くので、Fは、[1, 1], [1, 2], ..., [3, 3] の9個の射に対して値を持ちます。Fは、F[1, 1], F[1, 2], ..., F[3, 3] という9個の実数値達で決まるので、結局は3×3の行列と同じことです。

h = f;g という射の分解は、h = [i, k] とすれば、f = [i, j], g = [j, k] ([i, k] = [i, j];[j, k])で与えられるので、FとGの畳み込み積は:

  • H[i, k] = Σ[i, j];[j, k] = [i, k] (F[i, j]G[j, k])

iとkが固定されているので、動くのはjだけ、つまり:

  • H[i, k] = Σj (F[i, j]G[j, k])

具体的な例では:

  • H[1, 3] = Σj(F[1, j]G[j, 3]) = F[1, 1]G[1, 3] + F[1, 2]G[2, 3] + F[1, 3]G[3, 3]

これは行列の掛け算そのものです。



圏上のチェーンと畳み込み積を定義して、簡単な実例を試してみたら、行列演算とバッチリ一致したので、背後にナニカあるのか? と期待したのですが、僕の能力と気力では、これ以上のことは分かりませんでした。