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参照用 記事

超フィルターモナドの位相的な解釈

久々。あっ、2014年ですね。でも、あんまり関係ない。「超フィルター(ultrafilter)って何なんだ: 点? 確率測度?」の続きのようなもの。

Aを集合として、A上の超フィルター(ultrafilter)の全体をUF(A)とします。a∈A に対して、aの主超フィルター(principal ultrafilter)を対応させる写像 a |→ {S⊆A | a∈S} は単射なので、AをUF(A)に埋め込むことができます。つまり、UF(A)はAの拡張(A⊆UF(A))とみなせるわけでして、UF(A)をAの超フィルター拡張とも呼びます。

A |→ UF(A) という対応は、写像 f:A→B に対しても定義できて、UF(f):UF(A)→UF(B) を誘導します。つまり、UFは集合圏の上の自己関手となります。そればかりか、モナド乗法μとモナド単位ηを適切に設定して集合圏の上のモナドにできます。超フィルター拡張UFをベースにしたモナド (UF, μ, η) を超フィルター拡張モナド、あるいはより短く超フィルターモナドと呼びます。

超フィルターモナドを定義したり分析したりする際に、集合の議論だけでなく、位相空間を引き合いに出したほうがスッキリするような気がします。以下では、位相空間を使った超フィルターモナドの作り方を紹介します。

随伴対があればモナドができる

関手の随伴対(adjoint pair of functors)があれば自動的にモナドができる事はよく知られた事実です。C, Dが圏で、F:CD、U:DC が随伴対 F -| U であるとき、A |→ U(F(A)) をベース(台関手)にしてC上のモナドを構成できます。 F -| U という書き方は、C(A, U(X)) = D(F(A), X) という同型(記号は「=」ですが同型)が系統的に成立していることで、FはUの左随伴、UはFの右随伴ということです。

随伴対の典型例を出しましょう; F:SetVectR を集合から実係数の自由ベクトル空間を生成する関手、U:VectRSet をベクトル空間にその台集合を対応させる忘却関手とします。U(F(A)) をM(A)と置きましょう。モナド単位(の成分) ηA:A→M(A) は、集合Aを、自由生成ベクトル空間(の台集合)M(A)の標準基底として埋め込む写像です。モナド乗法(の成分) μA:M(M(A))→M(A) は、M(A)の要素達の形式的線形結合を実際に計算する写像(線形評価射)です。(M, μ, η) は集合圏Set上のモナドとなり、実ベクトル空間の圏VectRは、モナドMのアイレンベルク/ムーア圏として再現できます。

自由生成関手Fと忘却関手Uの組み合わせから構成される随伴対 F -| U の事例は多くあります。FとUという記号を使うのも慣例で、FはFreeから、UはUnderlyingからでしょう、たぶん。

自由生成関手と忘却関手の例をもうひとつ挙げておきます。Graphを、自己ループ辺も多重辺も認める有向グラフの圏とします。Graphの射は、頂点を頂点に、辺を辺に移す写像です。Catを小さい圏の圏とします。Catの射は関手です。F:GraphCat を有向グラフから自由圏を構成する関手、U:CatGraph を圏の構造を忘れてしまう忘却関手とします。このFとUは随伴対 F -| U となります。関連するモナドアイレンベルク/ムーア圏の構成は、ベクトル空間の場合と似たり寄ったりです。

超フィルターモナドのための随伴対

さて、集合圏の上のモナドである超フィルターモナドの“もとになる随伴対”を作ることにします。基本的な方針は、位相空間に対するストーン/チェック・コンパクト化(Stone–Čech compactification)を利用することです。必要な事は、Wikipediaの項目「コンパクト化」に載っています。超フィルターモナドを位相的に構成しておくと、後々なにかと便利だと思いますよ。

位相空間の分離性には、ウンザリするほど色々な種類があります。分離性の公理には番号が付いていたり、人名が付いていたり、ありきたりの形容詞が付いていたり … 。そのなかで正規ハウスドルフ(normal Hausdorff)と呼ばれる分離性に注目します。正規ハウスドルフ空間連続写像の圏をNormHousとします。

T1空間と呼ばれる広い範囲の位相空間に適用できるウォールマンのコンパクト化(Wallman compactification)というコンパクト化があります。正規ハウスドルフ空間に対するウォールマンのコンパクト化は、ストーン/チェック・コンパクト化に同型になるそうです。よって、圏NormHousにおいて考える限りは、ウォールマンのコンパクト化とストーン/チェック・コンパクト化を区別する必要がないので、ストーン/チェック/ウォールマン・コンパクト化と呼ぶことにします。

ストーン/チェック/ウォールマン・コンパクト化は、圏NormHous上の自己関手 K:NormHousNormHous と捉えることができます。定義から、正規ハウスドルフ空間Xに対するK(X)はコンパクトなので、関手Kの像はコンパクト正規ハウスドルフ空間の圏(正規ハウスドルフ空間の圏の充満部分圏)に入ります。ところが、位相空間論から「コンパクトハウスドルフ空間は正規」なので、正規という形容詞は外してもよく、関手Kは、NormHousCompHousCompHousはコンパクトハウスドルフ空間の圏)という関手とみなしてもいいわけです。

任意の集合Aに対して、Aを離散空間とみなした位相空間をD(A)とすると、D(A)は圏NormHousの対象となります。Dを関手に拡張すると、D:SetNormHous。先に定義したストーン/チェック/ウォールマン・コンパクト化関手は K:NormHousCompHous でした。これら2つの関手を結合すると、SetCompHous という関手が得られるので、これをFとします。F:SetCompHous ですね。F(A)は「集合Aから自由に生成されたコンパクトハウスドルフ空間」という趣きの空間で、離散空間としてのAをコンパクトハウスドルフにするための最小限の拡張(点の追加)がされています。

関手 U:CompHousSet を、空間Xの位相構造を忘れて台集合を対応させる忘却関手とします。すると、コンパクトハウスドルフ空間の自由生成に相当する関手Fと、忘却関手Uは随伴対 F -| U となります。このことをちゃんと示すには、細かい所を詰める必要がありますが、結果としては、集合圏とコンパクトハウスドルフ空間の圏は良い関係で結ばれていることになります。

関手 F:SetCompHous、つまりストーン/チェック/ウォールマン・コンパクト化の定義を見ると、F(A)の台空間は、Aの超フィルター拡張になっていることが分かります。つまり、U(F(A)) はAの超フィルター拡張なのです。

A |→ U(F(A)) は、随伴対 F -| U から作られるモナド(の台関手)ですが、うまいことに U(F(A)) = UF(A) となり、UltraFilterのUFと一致します -- と、このダジャレ記法を紹介したくてこの記事を書きました。オシマイ。