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参照用 記事

集合、商集合、標準射影: 半グラフ変形のために

集合上に同値関係があると、商集合を作れます。もとの集合から商集合に向かって標準射影(と呼ばれる全射)が作れます。集合を対象として標準射影だけを射とする圏を作りたいと思います。

なぜ標準射影だけを射とする圏が欲しくなったかと言うと、半グラフ達の圏の骨格〈skeleton〉を具体的に作るためです。この動機は最初の節で述べます。$`\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
\newcommand{\mbf}[1]{\mathbf{#1}}
\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}
%\newcommand{\msc}[1]{\mathscr{#1}}
%\newcommand{\mbb}[1]{\mathbb{#1}}
\newcommand{\In}{\text{ in }}
%\newcommand{\H}{\text{-}}
%\newcommand{\msc}[1]{\mathscr{#1}}
%\newcommand{\mbb}[1]{\mathbb{#1}}
\newcommand{\In}{\text{ in }}
%\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
%\newcommand{\op}{\mathrm{op} }
%\newcommand{\id}{\mathrm{id}}
%\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}
%\newcommand{\o}[1]{\overline{#1}}
%\newcommand{\T}[1]{\text{#1}}
\newcommand{\hyp}{ \text{-} }
\newcommand{\Iff}{ \Leftrightarrow }
\newcommand{\Imp}{ \Rightarrow }
\newcommand{\cinj}{\hookrightarrow }
\newcommand{\csurj}{\twoheadrightarrow}
`$

内容:

動機: 半グラフ変形の標準形

直前の記事「属性付き半グラフ」の話題は半グラフでした。半グラフとは何か? については、直前の記事を含む以下の過去記事達(の一節)に書いてあります。

半グラフ関係の記事達の網羅的なリストは「スケマティック系のハブ記事 // 半グラフ」にあります。

ボリソフ/マニンの半グラフの定義を採用すると、半グラフ $`A`$ は、頂点達の集合 $`V(A)`$ とフラグ達の集合 $`F(A)`$ を持ちます。半グラフ $`A`$ と $`B`$ があるとき、半グラフの変形(ボリソフ/マニンの射)$`\phi : A \to B`$ を考えて、半グラフ達の圏を構成できます。この圏を $`\mbf{BM}`$ とします。BM は Borisov, Manin からです。このようなネーミングをするのは、“半グラフ達の圏”が人により違っているからです(「半グラフの様々な定義」参照)。

半グラフ変形 $`\phi: A\to B`$ のボリソフ/マニンによる定義には、次のような2つの写像〈関数〉が出てきます。

  • 全射 $`\phi_V : V(A)\to V(B) \In \mbf{Set}`$
  • 単射 $`\phi^F : F(B)\to F(A) \In \mbf{Set}`$

半グラフ変形を写像の組み合わせと考えた場合の、頂点パートが $`\phi_V`$ でフラグパートが $`\phi^F`$ です。フラグパートは射〈変形〉の向きと逆行しているので上付きで $`F`$ (フラグの F)を付けています。$`\phi_V, \phi^F`$ にはかなり複雑な条件が付きますが、半グラフ変形の集合論的素材は全射 $`\phi_V`$ と単射 $`\phi^F`$ です。

半グラフや半グラフの変形を考えるほとんどの場合、同型だけの違いは無視したいです。個々の半グラフではなくて同型同値類で考えたいのです。グラフ変形も同型なものは同一視したい。しかし、同型同値類を考えるのは大変です。代わりに、半グラフや半グラフ変形のなかで標準的なものを選び出して、標準的なものだけを考える方法があります。

ここでは、半グラフの標準形ではなくて、半グラフ変形の標準形を考えます。任意の半グラフ変形 $`\phi : A \to B`$ から次の図式を構成したいのです。

$`\quad \xymatrix{
A \ar[r]^\phi \ar[dr]_{\phi'}
&B \ar[d]^{\cong}
\\
{}
&B'
}\\
\quad \In \mbf{BM}
`$

ここで:

  • $`B'`$ は、$`\phi`$ に相対的に決まる標準的な半グラフ
  • $`\phi'`$ は、$`A`$ と $`B'`$ のあいだの標準的なグラフ変形
  • $`B`$ と $`B'`$ は(半グラフとして)同型である。

$`\phi`$ から $`B'`$ と $`\phi'`$ は一意的に決まります。$`B`$ と $`B'`$ のあいだの同型も一意的です。

上記のような標準形を構成するときに、単射の標準形としての包含写像と、全射の標準形としての“商集合への標準射影”を使います。包含写像だけからなる圏は容易に作れますが、“商集合への標準射影”だけからなる圏の構成はちょっと工夫が必要です。以下で、“商集合への標準射影”だけからなる圏を構成します。

部分集合達の集合、商集合達の集合

部分集合と商集合はある種の双対なのですが、対称的に扱われることはあまりないですね。ここでは、出来るだけ部分集合と商集合を双対として扱います。片一方だけでなくて両方一度に扱うほうが分かりやすいのでそうします。

集合 $`X`$ に対して、すべての部分集合達の集合を $`\mrm{Pow}(X)`$ と書きます。次が成立します。

$`\quad A\in \mrm{Pow}(X) \Iff A\subseteq X`$

同様に、すべての商集合達の集合をこれから構成します。すべての商集合〈quotient set〉達の集合を $`\mrm{Quo}(X)`$ と名付けるとして、次が成立して欲しいのです。

$`\quad B\in \mrm{Quo}(X) \Iff B\ll X`$

ここで '$`\ll`$' は「◯◯◯は☓☓☓の商集合である」を意味する記号とします。「◯◯◯は☓☓☓の部分集合である」の '$`\subseteq`$' はとても基本的な記号ですが、商集合に対する記号は無いですね。'$`\ll`$' はここでテキトーに選んだだけです。やっぱり、部分集合と商集合を双対として扱う習慣はないってことです。

さて、$`B \in \mrm{Quo}(X)`$ は次のように定義します。

  1. $`B \subseteq \mrm{Pow}(X)`$ ($`B \in \mrm{Pow}(\mrm{Pow}(X) )`$ でも同じ)
  2. $`\forall S\in B.\, S \ne \emptyset`$ ($`B`$ の要素は空集合ではない)
  3. $`\forall S, T\in B.\, S \ne T \Imp S\cap T = \emptyset`$ ($`B`$ の要素である部分集合は互いに交わらない)
  4. $`\bigcup B = X`$ ($`B`$ の要素である部分集合達すべての合併は $`X`$ である)

$`\mrm{Quo}(X)`$ の要素(つまり $`X`$ の商集合)が何であるかは定義できたので、集合 $`\mrm{Quo}(X)`$ はハッキリとした集合です。

集合 $`X`$ 上になんらかの同値関係 $`\sim`$ があれば、同値関係による商集合 $`X/\!\sim`$ は、$`\mrm{Quo}(X)`$ の要素になります。$`X/\!\sim`$ は同値類達の集合で、上記の4つの条件をすべて満たします。これはつまり、集合 $`X`$ 上のすべての同値関係の集合を $`\mrm{EquivRel}(X)`$ として次が成立することです。

$`\quad \forall R\in \mrm{EquivRel}(X).\, X/R \in \mrm{Quo}(X)`$

逆に、$`B \in \mrm{Quo}(X)`$ に対応した同値関係 $`\sim_B`$ を作れます。そして、以下の2つの写像(ハイフンは無名ラムダ変数)は互いに逆です。

$`\quad (X/\hyp)\, : \mrm{EquivRel}(X) \to \mrm{Quo}(X) \In \mbf{Set}\\
\quad (\sim_{\hyp})\, : \mrm{Quo}(X) \to \mrm{EquivRel}(X) \In \mbf{Set}
`$

標準単射と標準全射

部分集合の包含写像を、部分集合に対する標準単射〈canonical injection〉とも呼ぶことにします。同様に、商集合に対する標準全射〈canonical surjection〉も定義できます。

前節の最後に述べたことから、商集合 $`B\in \mrm{Quo}(X)`$ には対応する同値関係 $`\sim_B \text{ on }X`$ があります。同値関係の標準射影 $`X \to X/{\sim_B}`$ が標準全射です。

同値関係を経由しないで直接的な定義もできます。$`x\in X`$ に対して、$`x\in S, S\in B`$ となる $`S`$ はただ1つに決まります。そのような $`S`$ を $`x`$ に対応させると、標準全射が一意的に作れます。

$`X`$ の部分集合 $`A`$ から決まる標準単射を $`\mrm{cinj}_A^X : A\to X`$ 、$`X`$ の商集合 $`B`$ から決まる標準全射を $`\mrm{csurj}_X^B : X\to B`$ と書くことにします。もちろん、$`\mrm{cinj}_A^X`$ は包含写像です。

「集合 $`X`$ の部分集合 $`A`$」あるいは「集合 $`A`$ が集合 $`X`$ の部分集合であることを」を $`(A\subseteq X)`$ と書くことにします。同様に、「集合 $`X`$ の商集合 $`B`$」あるいは「集合 $`B`$ が集合 $`X`$ の商集合であることを」を $`(B\ll X)`$ と書きます。すぐ上で述べたことは次のようにも言えます。

  • $`(A\subseteq X)`$ (あるいは $`(X \supseteq A)`$) は、標準単射 $`\mrm{cinj}_A^X : A\to X \In \mbf{Set}`$ を一意的に決める。
  • $`(B\ll X)`$ (あるいは $`(X \gg B)`$)は、標準全射 $`\mrm{csurj}_X^B : X\to B \In \mbf{Set}`$ を一意的に決める。

ここから先、標準単射の矢印は $`\cinj`$ 、標準全射の矢印は $`\csurj`$ と書くことにします。例えば、$`X\csurj B`$ と書くだけで、$`B\in \mrm{Quo}(X)`$ であること、当該写像が標準全射であることを表現できます。$`X\csurj B`$ が単なる全射ではないことに注意してください。$`X, B`$ から一意的に決まる標準全射です。$`Q\in \mrm{Quo}(X)`$ でないなら、$`X\csurj B`$ は存在しません(単なる全射なら存在するかも知れません)。

ちょっと変わった圏の定義

部分集合と商集合を双対として扱うと、標準単射と標準全射も双対として扱うことになります。標準単射達の圏と標準全射達の圏のあいだにも双対性があります。この双対性をハッキリさせるため、有向コンテナ/余有向コンテナによる圏の定義を採用します。

有向コンテナ/余有向コンテナについては、以下の過去記事達に書いています。ただし、過去記事を参照しなくてもこの記事内の説明でだいたい事足りると思います。

集合を対象として、標準単射を射とする圏を $`\mbf{CInj}`$ とします。この圏は、包含写像だけを射とした“集合圏の広くやせた部分圏”なので、比較的イメージしやすいでしょう。が、ここではちょっと変わった方法で圏 $`\mbf{CInj}`$ を定義します。

$`\mbf{CInj}`$ のホムセットは $`\mrm{CInj}(A, X)`$ のように書きます。集合 $`\mrm{CInj}_*[X]`$ を次のように定義します。

$`\quad \mrm{CInj}_*[X] := \biguplus_{S\in |\mbf{CInj}|} \mrm{CInj}(S, X)`$

$`\biguplus`$ は $`\bigcup`$ と同じで集合族の合併です。が、集合族の各成分が交差しない(共通部分が空〈disjoint〉である)ことを前提とした合併です。

[補足]
$`\mrm{CInj}_*[X]`$ という書き方は、「圏から作る有向コンテナ/余有向コンテナの記法」に由来します。

圏 $`\cat{C}`$ の吸入ホムセット〈incoming homset〉は $`\cat{C}(*, X)`$ のように書く約束をしました。さらに次の約束をします。

$`\quad \cat{C}_*[X] := \cat{C}(*, X)`$

この書き方を $`\mbf{CInj}`$ に適用すると:

$`\quad \mbf{CInj}_*[X] := \mbf{CInj}(*, X)`$

[/補足]

$`|\mbf{CInj}| = |\mbf{Set}|`$ なので、集合 $`\mrm{CInj}_*[X]`$ は大きな集合〈large set〉になりそうですが、実際は小さい集合〈small set〉です。なぜなら、$`\mrm{CInj}(S, X)`$ は空集合か単元集合で、単元集合の場合は $`S\subseteq X`$ が成立しています。つまり、次の同型が成立します。

$`\quad \mrm{CInj}_*[X] \cong \mrm{Pow}(X)`$

$`\mrm{Pow}(X)`$ は小さい集合なので、$`\mrm{CInj}_*[X]`$ も小さい集合です。

さてここから、$`\mrm{CInj}_*[X]`$ と $`\mrm{Pow}(X)`$ を同一視します。同型ではなくて次の等式が成立すると仮定します。

$`\quad \mrm{CInj}_*[X] = \mrm{Pow}(X)`$

この同一視のもとで、あらためて圏 $`\mbf{CInj}`$ を(次節で)構成します。

標準単射達の圏の構成

圏 $`\mbf{CInj}`$ の対象集合〈set of objects〉は大きな集合で:

$`\quad |\mbf{CInj}| := |\mbf{Set}|`$

すべての射達の集合は次のようです。

$`\quad \mrm{Mor}(\mrm{\mbf{CInj}} ) := \biguplus_{S\in |\mbf{CInj}|} \mrm{Pow}(S)`$

$`\mrm{\mbf{CInj}}`$ の要素は $`(X \supseteq A)`$ のように書きます。これは、「$`X`$ の部分集合であるところの $`A`$」の意味です。包含記号の向きが(行きがかり上)普通とは逆なので気を付けてください。

圏の域・余域は以下のように定義します。

$`\text{For }(X\supseteq A)\in \mrm{Mor}(\mbf{CInj})\\
\quad \mrm{dom}( (X \supseteq A) ) := A\\
\quad \mrm{cod}( (X \supseteq A) ) := X
`$

集合 $`X\in |\mbf{CInj}|`$ に対する $`\mrm{Pow}(X)`$ に制限した $`\mrm{dom}`$ を $`\mrm{dom}_X`$ と書きます。

$`\text{For }X\in |\mbf{CInj}|\\
\quad \mrm{dom}_X : \mrm{Pow}(X) \to |\mbf{CInj}| \In \mbf{SET}`$

$`\mbf{CInj}`$ の射 $`f`$ とは $`\mrm{Mor}(\mbf{CInj})`$ の要素なので、$`(X \supseteq A)`$ の形をしています。つまり、次のように書けます。

$`\quad f = (X\supseteq A) : A \to X \In \mbf{CInj}`$

問題は射の結合です。もちろん、包含射の結合として定義はできるのですが、様々な域〈ソース〉から $`X`$ に来る射〈incoming morphism〉を前送りする方法を使います。$`X`$ に来る射 $`u`$ の $`f`$ による前送りは $`\mrm{forward}(f)(u)`$ と書きます -- 以下に説明します。

$`\mrm{forward}(\hyp)(\hyp)`$ の定義自体はめちゃくちゃ簡単なんですが、$`\mrm{forward}`$ の関数としてのプロファイル(入出力の仕様)を確定するのが大変です。$`\mrm{forward}`$ は実は3つの(依存する)引数を持つ依存関数です。パイ型を使ってプロファイルを書くなら(今見てわからなくてもかまいません):

$`\quad \mrm{forward} \in \prod_{X\in |\mbf{CInj}| } \prod_{f\in \mrm{Pow}(X) }
\mrm{Map}(\mrm{Pow}(\mrm{dom}(f)), \mrm{Pow}(X) )
`$

Agda風の記法を使うなら:

$`\quad \mrm{forward} : \big( (X : |\mbf{CInj}|)\to (f : \mrm{Pow}(X) ) \to ( \mrm{Pow}(\mrm{dom}(f)) \to \mrm{Pow}(X) ) \big)
`$

ウーム、めんどくさいですね。$`\mrm{forward}`$ の定義を少しずつ書いていくことにします。$`\prod`$ が出てくるとムズカシイ(あるいはワケワカンナイ)感じがするでしょうから、ブレイクダウンします。

$`\text{For }X \in |\mbf{CInj}|\\
\text{For }f\in \mrm{Pow}(X)\\
\quad \mrm{forward}_X(f) : \mrm{Pow}(\mrm{dom}(f)) \to \mrm{Pow}(X) \In \mbf{Set}
`$

ここで、$`X`$ の部分集合を $`f`$ と書いているのは、$`f`$ を圏 $`\mbf{CInj}`$ の射とみなしているからです。

$`\quad f: A \to X \In \mbf{CInj}\\
\quad f = (X \supseteq A)
`$

$`\mrm{dom}(f)`$ は次のようです。

$`\text{When }f = (X \supseteq A)\\
\quad \mrm{dom}(f) = \mrm{dom}( (X\supseteq A) ) = A
`$

このことを考慮して書き換えると:

$`\text{For }X \in |\mbf{CInj}|\\
\text{For }f = (X\supseteq A) \in \mrm{Pow}(X)\\
\quad \mrm{forward}_X(f) :
\mrm{Pow}(A) \to \mrm{Pow}(X)
`$

したがって、$`\mrm{forward}_X(f)`$ の定義は次の形です。

$`\text{For }X \in |\mbf{CInj}|\\
\text{For }f = (X\supseteq A) \in \mrm{Pow}(X)\\
\quad \mrm{forward}_X(f) :
\mrm{Pow}(A) \to \mrm{Pow}(X)\\
\text{For }u = (A \supseteq S)\in \mrm{Pow}(A)\\
\quad \mrm{forward}_X(f)(u) := \text{???}
`$

$`\text{???}`$ の部分を埋めれば定義は完了です。ここはめちゃくちゃ簡単です。

$`\text{For }X \in |\mbf{CInj}|\\
\text{For }f = (X\supseteq A) \in \mrm{Pow}(X)\\
\quad \mrm{forward}_X(f) :
\mrm{Pow}(A) \to \mrm{Pow}(X)\\
\text{For }u = (A \supseteq S)\in \mrm{Pow}(A)\\
\quad \mrm{forward}_X(f)(u) := (X \supseteq S)
`$

$`\mrm{forward}`$ が定義できると、圏の結合 $`\mrm{comp}`$ は次のようにして定義できます。

$`\quad \mrm{comp}(u, f) := \mrm{forward}(f)(u)`$

圏の恒等射を定義してませんでしたが、以下のようです。

$`\quad \mrm{id}_X := (X \subseteq X)`$

これでほんとに圏になっているかどうか不安かも知れません。詳細は、先に挙げた有向コンテナ/余有向コンテナに関する過去記事を参照してください。

標準全射達の圏の構成

$`\mrm{Pow}(X)`$ の代わりに $`\mrm{Quo}(X)`$ を使うと、前節と同様な段取りで圏を定義できます。ただし、双対なので向きが逆になります。この節の文章は、前節のコピー&修正です。

圏 $`\mbf{CSurj}`$ の対象集合〈set of objects〉は大きな集合で:

$`\quad |\mbf{CSurj}| := |\mbf{Set}|`$

すべての射達の集合は次のようです。

$`\quad \mrm{Mor}(\mrm{\mbf{CSurj}}) := \biguplus_{S\in |\mbf{CSurj}|} \mrm{Quo}(S)`$

$`\mrm{\mbf{CSurj}}`$ の要素は $`(X \gg B)`$ のように書きます。これは、「$`X`$ の商集合であるところの $`B`$」の意味です。

圏の域・余域は以下のように定義します。

$`\text{For }(X\gg B)\in \mrm{Mor}(\mbf{CSurj})\\
\quad \mrm{dom}( (X \gg B) ) := X\\
\quad \mrm{cod}( (X \gg B) ) := B
`$

集合 $`X\in |\mbf{CSurj}|`$ に対する $`\mrm{Quo}(X)`$ に制限した $`\mrm{cod}`$ を $`\mrm{cod}_X`$ と書きます。

$`\text{For }X\in |\mbf{CSurj}|\\
\quad \mrm{cod}_X : \mrm{Quo}(X) \to |\mbf{CSurj}| \In \mbf{SET}`$

$`\mbf{CSurj}`$ の射 $`g`$ とは $`\mrm{Mor}(\mbf{CSurj})`$ の要素なので、$`(X \gg B)`$ の形をしています。つまり、次のように書けます。

$`\quad g = (X\gg B) : X \to B \In \mbf{CSurj}`$

射の結合は、$`g`$ の余域〈ターゲット〉から出る射〈outgoing morphism〉を引き戻す方法を使います。射 $`g`$ の余域から出る射 $`v`$ の $`g`$ による引き戻しは $`\mrm{back}(g)(v)`$ と書きます -- 以下に説明します。

$`\mrm{back}`$ は3つの(依存する)引数を持つ依存関数です。パイ型を使ってプロファイルを書くなら:

$`\quad \mrm{back} \in \prod_{X\in |\mbf{CSurj}| } \prod_{g\in \mrm{Quo}(X) }
\mrm{Map}( \mrm{Quo}(\mrm{cod}(g)) , \mrm{Quo}(X) )
`$

Agda風の記法を使うなら:

$`\quad \mrm{back} : \big( (X : |\mbf{CSurj}|)\to (g : \mrm{Quo}(X) ) \to (\mrm{Quo}(\mrm{cod}(g)) \to \mrm{Quo}(X) ) \big)
`$

$`\mrm{back}`$ の定義を少しずつ書いていくことにします。

$`\text{For }X \in |\mbf{CSurj}|\\
\text{For }g\in \mrm{Quo}(X)\\
\quad \mrm{back}_X(g) : \mrm{Quo}(\mrm{cod}(g)) \to \mrm{Quo}(X)
`$

ここで、$`X`$ の商集合を $`g`$ と書いているのは、$`g`$ を圏 $`\mbf{CSurj}`$ の射とみなしているからです。

$`\quad g: X \to B \In \mbf{CSurj}\\
\quad g = (X \gg B)
`$

$`\mrm{cod}(g)`$ は次のようです。

$`\text{When }g = (X \gg B)\\
\quad \mrm{cod}(g) = \mrm{cod}( (X\gg B) ) = B
`$

このことを考慮して書き換えると:

$`\text{For }X \in |\mbf{CSurj}|\\
\text{For }g = (X\gg B) \in \mrm{Quo}(X)\\
\quad \mrm{back}_X(g) :
\mrm{Quo}(B) \to \mrm{Quo}(X)
`$

したがって、$`\mrm{back}_X(g)`$ の定義は次の形です。

$`\text{For }X \in |\mbf{CSurj}|\\
\text{For }g = (X\gg B) \in \mrm{Quo}(X)\\
\quad \mrm{back}_X(f) :
\mrm{Quo}(B) \to \mrm{Quo}(X)\\
\text{For }v = (B \gg S)\in \mrm{Quo}(B)\\
\quad \mrm{back}_X(g)(v) := \text{???}
`$

$`\text{???}`$ の部分を埋めれば定義は完了です。ここは、$`\mbf{CInj}`$ のときほど簡単ではありません。

$`B\subseteq \mrm{Pow}(X)`$ かつ $`S\subseteq \mrm{Pow}(B)`$ なので、

$`\quad S \subseteq \mrm{Pow}(\mrm{Pow}(X) )\\
\text{i.e. }S \in \mrm{Pow}( \mrm{Pow}(\mrm{Pow}(X) ) )
`$

となります。要素である集合達の合併を作る演算 $`\bigcup`$ は次のような写像と解釈できます。

$`\quad \bigcup : \mrm{Pow}(\mrm{Pow}(\mrm{Pow}(X) ) )\to \mrm{Pow}(\mrm{Pow}(X) )`$

演算 $`\bigcup`$ を適用すると:

$`\quad \bigcup(S) \in \mrm{Pow}( \mrm{Pow}(X ) )`$

さらに、$`\bigcup(S)`$ が $`X`$ の商集合となることを示せます。つまり:

$`\quad \bigcup(S) \in \mrm{Quo}(X )`$

この事実を使って以下の定義をします。

$`\text{For }X \in |\mbf{CSurj}|\\
\text{For }g = (X\gg B) \in \mrm{Quo}(X)\\
\quad \mrm{back}_X(g) :
\mrm{Quo}(X) \to \mrm{Quo}(B)\\
\text{For }v = (B \gg S)\in \mrm{Quo}(B)\\
\quad \mrm{back}_X(g)(v) := (X \gg \bigcup(S) )
`$

$`\mrm{back}`$ が定義できると、圏の結合 $`\mrm{comp}`$ は次のようにして定義できます。

$`\quad \mrm{comp}(g, v) := \mrm{back}(g)(v)`$

圏の恒等射を定義してませんでしたが、以下のようです。

$`\quad \mrm{id}_X := (X \gg \mrm{Sing}(X) )`$

ここで、$`\mrm{Sing}(X)`$ は、$`X`$ の単元部分集合達を(要素として)寄せ集めた集合で、$`X`$ 上の等値関係による商集合 $`X/\!=`$ のことです。$`X`$ と $`X/\!=`$ は同型な集合ですが、同じ集合ではありません。

圏 $`\mbf{CSurj}`$ は、圏 $`\mbf{CInj}`$ に比べると直感的理解が難しいかも知れませんが、すべての集合達を対象集合とするやせた圏になります。やせた圏とは、ホムセット $`\mbf{CSurj}(X, B)`$ が、空集合か単元集合のどちらかであることです。

$`h: X \to Y\In \mbf{Set}`$ が任意の全射のとき、以下の図式を可換にする集合 $`B`$ と $`\mbf{CSurj}`$ の射 $`(X \gg B)`$ が一意的に在ります。

$`\quad \xymatrix{
X \ar[r]^h \ar@{->>}[dr]
&Y \ar[d]^{\cong}
\\
{}
&B
}`$

このような一意的な標準化を、半グラフに関する議論で使うことになります。