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参照用 記事

続・接バンドルのホロノーム座標

去年の春に書いた次の記事で、

数理物理学者サルダナシヴィリ〈Gennadi Sardanashvily〉が使っている座標記法を紹介しました。サルダナシヴィリのオリジナルの記法では3種類の座標があり、それぞれ x^i,\: \dot{x}^j,\: \dot{x}_k のように書きます。が、添字の上下だけで違うものを区別するのはキツいので、4種類の記号を使います -- x,\: \tilde{x},\: \dot{x},\: \check{x} 。これらはみんな違う意味を持ちます。ついでに、接バンドルのフレームとそれに相互的〈reciprocal〉な*1余接バンドルのフレームについても触れます。

サルダナシヴィリの記法とこの記事の記法を表にまとめておきます。

サルダナシヴィリ この記事
多様体の座標  x  x
接バンドルのファイバー座標 \dot{x} \dot{x}
接バンドルの底座標  x  \tilde{x}
余接バンドルのファイバー座標 \dot{x} \check{x}
余接バンドルの底座標  x \tilde{x}
接バンドルのフレーム  \partial  \partial
余接バンドルのフレーム  dx  \theta

内容:

多様体の座標と座標変換ヤコビ行列

M,\: N が(なめらかな)多様体のとき f:M\supseteq\!\to N と書いたら、f開集合で定義された(なめらかな)部分写像だとします。部分写像としてのfの定義域を def(f)、像を  im(f) と書きます。

f:M\supseteq\!\to N \mbox{ reg-iso} と書いたら、次の意味だとします(reg-iso は regular isomorphism のつもり)。

この約束のもとで、x:M\supseteq\!\to {\bf R}^n \mbox{ reg-iso} は、「x は座標〈局所座標 | チャート〉だ」ということを表しています。x:def(x) \to im(x) は可逆なので、逆写像x^{-1} : {\bf R}^n \supseteq\!\to M \mbox{ reg-iso} と書きます。多様体の圏のなかでの逆射ではありませんが、逆射と同じ記法をオーバーロードして使います。

x, x':M\supseteq U \to {\bf R}^n \mbox{ reg-iso} は、同じ定義域〈座標近傍〉を持つ2つの座標だとします。部分写像としての結合 x\circ x'^{-1} :{\bf R}^n \supseteq\!\to {\bf R}^n \mbox{ reg-iso} を、  x/x' :{\bf R}^n \supseteq\!\to {\bf R}^n \mbox{ reg-iso} とも書きます(略記)。x'/x = (x/x')^{-1}  : {\bf R}^n \supseteq\!\to {\bf R}^n \mbox{ reg-iso} となります。

J(x/x') を、部分写像 x/x' = x\circ x'^{-1} のヤコビ行列とします。ヤコビ行列のプロファイルは、J(x/x'):{\bf R}^n \supseteq\to RegMat(n, n) 。ここで、RegMat(n, n) は、n行n列の正則(可逆)行列の集合を多様体とみなしたものです。

ヤコビ行列 J(x/x') の定義域はユークリッド空間の開集合ですが、J(x/x')\circ x' とすると、その定義域は def(x') = def(x) = U \subseteq M になります。ユークリッド空間における逆関数微分公式から次が言えます。

  •  J(x/x')\circ x' = J(x'/x)\circ x \: : M\supseteq U \to RegMat(n,n)

偏微分記号

ユークリッド空間上の関数に対する第i方向への偏微分作用素\partial_i と書きます。座標 x:M\supseteq\!\to {\bf R}^n \mbox{ reg-iso} による“多様体上の偏微分”は {}^x\partial_i = \frac{\partial}{\partial x^i} で示します。次の関係があります。


\mbox{For }f\in C^\infty(U)\\
{}^x\partial_i[f] = (\partial_i[f\circ x^{-1}])\circ x

{}^x\partial_i\partial_i と省略する場合があります(つうか、たいてい省略する)。そうすると、ユークリッド空間上の偏微分作用素多様体上の偏微分作用素の区別がつかなくなるので、ユークリッド空間上の偏微分作用素であることを強調したいときは {}^!\partial_i と書くことにします。この記法ですぐ上の関係を再度書くと:


\mbox{For }f\in C^\infty(U)\\
\partial_i[f] = {}^x\partial_i[f] = ({}^!\partial_i[f\circ x^{-1}])\circ x

偏微分記号は、微分作用素の意味と接バンドルのフレーム(の局所的場)の意味があります。けっこう混乱するので、偏微分作用素の意味で使うときはブラケットを付けることにします。ブラケットなしで関数を併置した場合はフレームであるベクトル場に関数を掛け算することだとします。

左に関数を併置で偏微分を表す場合が多いですが、ここでは掛け算の意味です。

下付き添字なしの \partial は、偏微分作用素またはベクトル場を横に並べたタプル(一行の行列)を意味するとします。

  • \partial = \begin{pmatrix}\partial_1 & \cdots & \partial_n \end{pmatrix}

\partial = {}^x\partial = \begin{pmatrix}{}^x\partial_1 & \cdots & {}^x\partial_n \end{pmatrix} は次の解釈ができます。使っている記号はすぐ後で説明しています。

  1. \partial :{{\bf R}^n}_{/U} \to T(U) \mbox{ in } {\bf VectBdl}[U]
  2. \partial :{\bf 1}_{/U} \to T(U)^{[n]} \mbox{ in } {\bf VectBdl}[U]
  3. \partial \in \Gamma( T(U)^{[n]} )
  4. \partial \in \Gamma( Frame(T(U) ) )

使っている記号の説明:

\partial = {}^x\partialとんでもなくオーバーロードされる記号なので注意してください。

相互的フレーム

ユークリッド空間を {\bf R}^n と書いたときは、縦タプル(一列の行列)の空間と同一視することにします。一方、{\bf R}^n と書いたときは横タプル(一列の行列)の空間と同一視します。

\theta^1, \cdots, \theta^n \in \Gamma(T^ast(U))U \subseteq M 上のn個の(一次)微分形式とします。これらの微分形式が、前節で定義した \partial_1, \cdots \partial_n \in Gamma(T(U)) と次の関係があるとき、\theta\partial相互的フレーム〈reciprocal frame〉といいます。

 \mbox{For } i, j \in \{1, \cdots, n\}\\
\langle \theta^i \mid \partial_j\rangle = \theta^i(\partial_j) = \delta^i_j

\theta 微分形式の縦タプルの形で書きます。

  • \theta = \begin{pmatrix}\theta^1 \\ \vdots \\ \theta^n \end{pmatrix}

\partial = {}^x\partial が座標 x に依存しているので、\theta = {}^x\thetax によって決まります。

\partial が多様な解釈を持つのと同様に、 \theta も複数の解釈があります。

  1. \theta :{{\bf R}_n}_{/U} \to T^\ast(U) \mbox{ in } {\bf VectBdl}[U]
  2. \theta :{\bf 1}_{/U} \to T^\ast(U)^{[n]} \mbox{ in } {\bf VectBdl}[U]
  3. \theta \in \Gamma( T^\ast(U)^{[n]} )
  4. \theta \in \Gamma( Frame(T^\ast(U) ) )

 T^\ast(U) = T(U)^\astU\subseteq M 上の余接バンドルです。

d:C^\infty(U) \to \Gamma(T^\ast(U)) を外微分作用素とすると、\theta^i \in \Gamma(T^\ast(U)) とみなして、次の関係があります。

  • \theta^i = {}^x\theta^i = d(x^i)

各種の座標

多様体 M 上の座標 x: M\subseteq U \to {\bf R}^n \mbox{ reg-iso} があると、ベクトルバンドル T(U),\; T^\ast(U) 上の座標が誘導されます。それが、\langle \tilde{x}, \dot{x}\rangle,\; \langle \tilde{x}, \check{x}\rangle です。

まず \tilde{x} は次の図式が可換になるように定義します。

\xymatrix{
  {T(U)} \ar[d]^{\pi} \ar[drr]^{\tilde{x}}\\
  {M\supseteq U} \ar[r]^-{x} &  {im(x)} \ar@{^{(}->}[r] & {{\bf R}^n}
}

\dot{x} は次の図式が可換になるように定義します。\partial^{-1} は、バンドル写像としての \partial の逆バンドル写像です。\pi' はファイバー方向への射影です。

\xymatrix{
  {T(U)} \ar[r]^{\partial^{-1}} \ar[dr]^{\dot{x}} 
  & { {\bf R}^n_{/U} } \ar[d]^{\pi'}
\\
  {} &  { {\bf R}^n }
}

これらを組み合わせると、次の図式が可換になります。

\xymatrix {
 {T(U)} \ar[d]_{\pi} \ar[r]^{\partial^{^1}} \ar@/^20pt/[rrr]^{\langle \tilde{x}, \dot{x}\rangle }
 & { {\bf R}^n_{/U} } \ar[d]_{\pi} \ar[r]^{\mathrm{id}_{/x}}
 & { {\bf R}^n_{/im(x)} } \ar[d]_{\pi} \ar@{^{(}->}[r]
 & { {\bf R}^n \times {\bf R}^n  } \ar[d]_{\pi}
\\
 {U} \ar[r]^{\mathrm{id}}
 & {U} \ar[r]^{x}
 & { im(x) } \ar@{^{(}->}[r]
 & { {\bf R}^n  }
}

余接バンドルのときも同様なので、図式だけ挙げます。\tilde{x} は、接バンドルと余接バンドルで区別せずに同じ記号です。

\xymatrix{
  {T^\ast(U)} \ar[d]^{\pi} \ar[drr]^{\tilde{x}}\\
  {M\supseteq U} \ar[r]^-{x} &  {im(x)} \ar@{^{(}->}[r] & {{\bf R}^n}
}

\xymatrix{
  {T^\ast(U)} \ar[r]^{\theta^{-1}} \ar[dr]^{\check{x}} 
  & { {{\bf R}_n}_{/U} } \ar[d]^{\pi'}
\\
  {} &  { {\bf R}_n }
}

\xymatrix {
 {T^\ast(U)} \ar[d]_{\pi} \ar[r]^{\theta^{^1}} \ar@/^20pt/[rrr]^{\langle \tilde{x}, \check{x}\rangle }
 & { {{\bf R}_n}_{/U} } \ar[d]_{\pi} \ar[r]^{\mathrm{id}_{/x}}
 & { {{\bf R}_n}_{/im(x)} } \ar[d]_{\pi} \ar@{^{(}->}[r]
 & { {\bf R}^n \times {\bf R}_n  } \ar[d]_{\pi}
\\
 {U} \ar[r]^{\mathrm{id}}
 & {U} \ar[r]^{x}
 & { im(x) } \ar@{^{(}->}[r]
 & { {\bf R}^n  }
}

サルダナシヴィリは、もとの座標 x と接バンドル/余接バンドルの底方向の座標 \tilde{x} を区別せず、接バンドル/余接バンドルのファイバー方向の座標を同じ記号 \dot{x} で表しています。さすがに混乱しがちですが、x,\: \tilde{x},\: \dot{x},\: \check{x} を使えばそれほど混乱しないですみます。

*1:通常、「双対な」と言いますが、双対はふさわしくないので「相互的な」とします。"reciprocal" の訳語は「相反な」もあります。