昨日の記事「流れとベクトル場」への追記です。今日の日付で別記事にします。今日も僕は元気、ということです。
多様体M上の(大域的な)ベクトル場 X∈ΓM(TM) に対して、Xを速度ベクトル場とするような長期的な流れ φ:M×R→M の存在は一般的には保証されません。が、ベクトル場によっては長期的な流れを持ちます。
例えば、昨日の記事と同じ帯状領域 {(x, y)∈R2 | 0 < x < 1} を考えて、その上の大域的ベクトル場を定数値ベクトル場 X(x, y) := (0, 1) (y方向に速度1で進む)とすると、運動(流れの流線)は長期的運動にはなります。
M上のベクトル場Xが、Xを速度ベクトル場とするような長期的な流れを持つとき完備〈complete〉だといいます。今定義した完備性はベクトル場の性質です。多様体M上の任意のベクトル場が完備になるとき、その多様体は完備だといいます。こっちは多様体の性質です。ここで考える完備性はベクトル場の性質であって、多様体の完備性ではありません。
カンバーとミショワーは、3ページの短い論文で、任意のベクトル場を完備化できることを示しました。
- Title: The flow completion of a manifold with vector field (27 Jul 2000)
- Authors: Franz W. Kamber, Peter W. Michor
- Pages: 3p
- URL: https://arxiv.org/abs/math/0007173
この結果を使って完備化すれば、任意のベクトル場を「あたかも完備ベクトル場のごとくに扱ってよい」のでしょうか? 残念ながらそうはいきません。カンバー/ミショワーの定理は、それほど役に立つ形をしてないのです。
M上の、完備ではないベクトル場Xに対して、M上で完備なベクトル場を構成はできません。別な多様体M'上のベクトル場X'が構成できて、i:M→M' という多様体の埋め込みが構成できるだけです。埋め込み写像 i は、次の図式を可換にします。
そして、i:M→M' は、(圏論的な意味での)普遍性を満たします。したがって、ベクトル場Xに対して M', X' はup-to-isoで一意的に決まります。
なんだかいい感じの定理のようですが、構成される多様体M'に問題(困難)があります。M'は通常の多様体になってくれないのです。
通常の多様体はハウスドルフ性を仮定しますが、M'がハウスドルフ空間になることが保証できず、非ハウスドルフ多様体(多様体と呼んでいいか疑問)が現れます。非ハウスドルフ多様体は通常の多様体のようには扱えず、(M', X') の扱いには細心の注意が要求されます。結局、嬉しくないんですよね。
僕が「非ハウスドルフ多様体上の完備ベクトル場」の有り難みをイメージできないだけ、という可能性は否定できないですが、ハウスドルフ性を犠牲にしてでも完備ベクトル場が欲しい場面はあまりないように思います。多くのケースでは、「流れとベクトル場」の最後に述べた前提で作業することになるでしょう。