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参照用 記事

結果の豊かさか、それとも適用範囲の広さか

コメント欄 http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20130318/1363563919#c1363614093 にて、emoyanさん曰く:

>余演算は ...inc: Hidden×Integer→Hideen は許されないのです。
許されないというのはどういう意味ででしょうか?
inc: Hidden×Integer→Hideen とするとどう困るのでしょうか?

色々な場面で、似たような質問が形を変えて現れます。

とりあえず上記の質問にツマラナイ答え方をするなら、「『許されない』とは、余代数の定義がそうはなってないこと」です。「定義」は「余代数の公理」といっても同じです。

公理系(理論の出発点にする大前提)に対して、「どうしてそう決めたんだ?」「他の形ではダメなのか?」というタグイの質問は、なかなかに答えにくいです。公理系が、膨大な実例や経験のなかから抽出され形成され成熟する歴史を追体験すれば、納得感が得られるかもしれませんが、それには大変な労力と時間を要するでしょう。

ある公理系の一部を取り除いたらどうなるか? その効果は個別ケースごとに違いますが、一般的に言えることは、表題にある「結果の豊かさ」と「適用範囲の広さ」のトレードオフになります。

例えば、群の公理では、逆元の存在を要求します。別な言い方をすると、逆元を持たない状況は許されません。「なぜ許されない? 逆元がないとどう困る?」に対しては、とりあえず「逆元を持たないなら、それは群とは呼ばないし、群論の結果は適用できない」と答えることになるでしょう。

では、逆元を持たない状況を考えるのは無意味なのでしょうか? そんなことはありません! 群の公理から逆元の存在を外すとモノイドの公理となり、モノイドの理論は立派に成立しています。群はもちろんモノイドとみなせますし、群ではないモノイドも存在します。整数に掛け算、非負整数に足し算、正方行列に掛け算を考えると、群ではないモノイドの例となります。

モノイドの理論はより適用範囲が広くなっています。しかし、群論で成立していた結果の一部は、群ではないモノイドでは成立しなくなります。適用範囲が広くなった代わりに、使える結果(定理)は減ってしまいます。これはトレードオフなのです。

公理をたくさん要求すると、精密で強い結果が得られるかもしれませんが、やり過ぎると適用範囲が狭くなり過ぎます。どんどん公理を足していくと、ついには適用範囲が空になってしまいます。理論が矛盾してしまい、どんなものも公理を満足できなくなるのです。

一方で、公理を減らして条件をゆるくしていくと、意味のある結果を出しにくくなります。例えば、モノイドの公理から結合律を外すとどうなるでしょうか。何の法則性も持たない二項演算を備えた代数系となります。(単位元はあっても)何の制約もない二項演算だけから、面白い事実を引き出すのは難しいと思います(不可能とは断言できませんが)。

まとめておくと:

  1. 既に確立された公理系の背後には、膨大な経験や歴史の蓄積がある。誰かがイイカゲンな思い付きで勝手に決めたものではない。
  2. 公理系を強くする(条件を追加する)と、より多くの結果(定理)が得られるが、適用範囲は狭くなる。
  3. 公理系を弱くする(条件を削除する)と、適用範囲は広くなるが、得られる結果(定理)は少なくなる。