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参照用 記事

テンソル半加法圏と半環のあいだの対応

計算科学における半加法圏の位置付け」からだいぶ時間がたってしまい、その間ダイアリーも更新してなかったのですが、あの頃(4月末)考えていたことを記録に残しておきます。まー、興味を持つ人がいるかは疑問だけど、少なくとも自分が後で読みたいことがありそうなので。

テンソル半加法圏と半環は似てるわけです。どのような意味で似てるのか? なんで似てるのか? これが知りたい事なのです。いろいろな見方があると思いますが、アブラムスキーの抽象スカラー(abstract scalar)という概念を使ってみます。次の論文がネタ元です。

  • Title: Abstract Scalars, Loops, and Free Traced and Strongly Compact Closed Categories (Submitted on 15 Oct 2009)
  • Author: Samson Abramsky
  • URl: http://arxiv.org/abs/0910.2931

アブラムスキーの抽象スカラー

Cがモノイド圏だとして、Cの抽象スカラーとは s:I→I のことです。ここで、IはCのモノイド単位(単位対象)です。Iが意味を持つには外の圏Cにモノイド構造が必要です。

抽象スカラーの全体はエンドセット(エンドホムセット; endo-homset) EndC(I) = C(I, I) です。C(I, I) をモノイド圏C抽象スカラー、あるいは単にスカラーと呼ぶことにします。圏Cスカラー系は、Cを外部から眺めて把握できる概念で、Cの内部から認識できる(つまり、Cの対象)とは限りません。

モノイド圏のスカラー系はエンドセットなので、射の結合と恒等射により自動的にモノイドの構造を持ちます。さらに、スカラー系は可換モノイドになります -- この可換性の事実は、上記のアブラムスキーの論文に Lemma 1 として載っています。アブラムスキーは、"the elementary but beautiful observation by Kelly and Laplaza" と評しています。Lemma 1 の原典は次です。

  • G. M. Kelly and M. L. Laplaza. "Coherence for compact closed categories" Jurnal of Pure and Applied Algebra 19, 193–213, 1980.

Cはモノイド圏であり、ベースの構造として半加法圏でもあるとします。このような圏をテンソル半加法圏と呼ぶことにしました*1(「テンソル半加法圏とプログラム意味論」)。

双積によりすべてのホムセットに足し算が入るので、特にエンドセットは(可換とは限らない)半環となります。ケリー/ラプラザの補題(Lemma 1)から、スカラーC(I, I) は可換半環です。

テンソル半加法圏Cに対して、そのスカラー系を Scalar(C) と書くことにします。すると、Scalarは適当なセッティングのもとで関手となります。関手Scalarの定義域は、テンソル半加法圏の圏で、可換半環の圏に値を取ります。

スカラー系からもとの圏を再現できるか?

Cがモノイド圏だとして、Scalar(C)を見てもとの圏Cについてどのくらい分かるでしょうか? 一般には、Scalar(C)からの情報は非常に乏しいもので、Cについて何も分からないかも知れません。例えば、集合圏Setを直積に関するモノイド圏と考えると、Scalar(Set)は自明なモノイド(一元集合)で、何の情報も提供してくれません。

少ない情報しか持たないスカラー系からもとの圏を再現するなんて、どうにも無理そうな話です。ですが、圏Cに強い条件を課すと、スカラー系からもとの圏が再現できることもあります。有限集合上の関係の圏や有限次元ベクトル空間の圏はそのような圏の事例です。

Cが単なるモノイド圏ではなくて、テンソル半加法圏であり、スカラー系が可換半環となる状況を考えます。R = Scalar(C) としたとき、可換半環Rを係数として行列を作り、古典的な行列計算/テンソル計算を定義します。すると、これはテンソル半加法圏となります。

以上のように、古典的な行列計算/テンソル計算がスカラー系(係数半環)からテンソル半加法圏の構成を与えているわけですが、こうして構成したテンソル半加法圏がもとの圏Cと一致する(圏同値である)保証は全然ありません。

もとの圏に次の条件を付ければ、再現できるのではないかと思えます。

  1. C単純対象はすべて、I(単位対象)と同型。つまり、単位対象は本質的に1個しかない。
  2. Cの対象はすべて、有限個の単位対象の直和と同型。(Cは双積を持つので、直和の代わりに直積でも同じ。)

しかし、「有限個の単位対象の直和」という制約はキツ過ぎることが多そうです。実際、(有限集合とは限らない)関係圏はこの条件を満たさないので再現できません。この制約を緩めようとすると考えること/注意することが増えます。

とりあえず、例を作って調べてみるのが良さそうですが、三値の論理半環(「個体と世界の関係:圏から論理半環を絞り出す」参照)をスカラー系とする例は作れると思います。関係圏は二値の論理半環がスカラー系だったので、関係圏を少し拡張することになります。有限性を緩めた条件は、「有限」を適当な集合の基数で置き換えたものでしょう。

具体例は面白いので、いずれ紹介します、たぶん。

*1:テンソル圏というとき、ホムセットがベクトル空間であることを仮定することがあります。ここでは、そのような仮定はしていません。