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参照用 記事

圏論的ひっくり返し:単純なケース

resp-lawvさんが、矢印のひっくり返し方が分からないので夜も眠れないそうです。残念ながら、僕は適切なアドバイスが出来ません。でも、夜は眠りましょう。ご飯も食べましょう。

resp-lawvさんが想定しているセッティングでは扱いが難しいのですが、うんと単純化した状況なら、ひっくり返しらしき行為を定式化できなくもないような気がします(煮え切らない言い方)。状況を単純化し過ぎていて、もとの問題のヒントにはならないかも知れませんが、メモしておきます。

内容:

  1. 状況設定
  2. モノイド圏におけるひっくり返し
  3. その他ゴタゴタ

状況設定

何かをひっくり返すことを考えたいのですが、次の設定を決めましょう。

  1. 何をひっくり返すのか?
  2. どこでひっくり返すのか?
  3. どうやってひっくり返すのか?

上記3つの問〈とい〉の意味自体が分かりにくいかも知れません。「何を」は、ひっくり返すべき対象物です。「どこで」は、“ひっくり返し”という操作を行う環境、世界のことです。「どうやって」は次の2つの方法のどちらを選択するかの判断です。

  1. ひっくり返すべき対象物Aが与えられたとき、世界(「どこで」の答として決められた環境)内を探して、Aのひっくり返しになっているモノを見つけ出す。あるいは、その世界にある素材を使って自力で作り出す。
  2. ひっくり返すべき対象物Aが与えられたとき、神様に頼んでひっくり返してもらう。神様が、Aのひっくり返しのありかを教えてくれる。あるいは、その場に出してくれる。

ここでは、ひっくり返しを行う環境/世界は、モノイド圏Cとします。ひっくり返すべき対象物は、圏Cの(圏論的な意味での)対象 A∈|C| とします。ひっくり返す方法は神託方式、つまり、神様だよりです。

モノイド圏におけるひっくり返し

C = (C, \otimes, I) をモノイド圏とします。話を簡単にするために、Cは厳密モノイド圏だとします。したがって、結合律、左右の単位律に関する構造同型射(通常、α、λ、ρと書かれる)は考慮しません。厳密モノイド構造を持つCに対して、さらに“ひっくり返しの構造”を加えよう、という話です。

C対象Aが与えられたとき、神様に頼めば“Aのひっくり返し”であるA'が手に入ります。A|→A' は、|C|→|C| の一意的な対応を与えるとします。「Aのひっくり返しのひっくり返し」は元に戻ってAなのだ、と考えましょう。

  • A'' = A

A'は、Aをひっくり返しただけのモノなので、Aとほとんど同じハズです。この事実を表現するために、対象Aごとに同型射(可逆射) τA:A→A' があるとします。次を仮定します。

  • τAA' = idA
  • τA'A = idA'

モノイド単位Iはひっくり返しても同じっぽいので、次も仮定しましょうか。

  • I' = I
  • τI = idI

モノイド積\otimesとひっくり返し(-)'は次の関係があるとします。

  • (A\otimesB)' = B'\otimesA'

このルールを納得するには、鏡文字列を思い出してください。

[*1]

個々の文字を鏡文字にするだけでなくて、文字の並び順もひっくり返します。

その他ゴタゴタ

射 f:A→B in C のひっくり返しは定義してませんでしたが、次のようにして f':A'→B' を後から導入できます。

  • f' := τA-1;f;τB : A'→B'

(idA)' = idA'、(f;g)' = f';g' はすぐに確認できるので、(-)'はC上の対合的自己関手(involutive endofunctor)になることが分かります。

(-)'はひっくり返しを与えるだけで双対性ではありません。双対性には何らかのニョロニョロ関係(snake relations)が必要です。対象Aごとに、evとcoevを与えます。

  • evA:A\otimesA'→I
  • coevA:I→A'\otimesA

ひっくり返しと組み合わせて、ev'とcoev'も定義しておきます。

  • ev'A := (τA-1\otimesτA);evA : A'\otimesA→I
  • coev'A := coevA;(τA-1\otimesτA) : I→A\otimesA'

ベント(曲がった形状の射)が4種あるので、ニョロニョロ関係が4つ出てきますが、ひつとだけ書いておくと(idA'を単にA'と書いています):

  • (coevA\otimesA');(A'\otimesevA) = A'

さて、ひっくり返しと双対性(ニョロニョロ)を持つようなモノイド圏がそもそも存在するのか? という問題がありますが、これは在ります。テンパリー/リーブ圏(の変種)として簡単に作れます。なので、今まで書き連ねた公理系を満足するモデルは存在します。

Cは厳密モノイド圏と仮定したので、モノイド積の結合律と単位律はon the noseで成立します。その他の関係式も全てon the noseの等式で書いてきましたが、「等しい」を同型に弱めるという一般化があります。当然に話はややこしくなります。

モノイド圏を2-圏または双圏に一般化したらどうか? ずっと難しくなりそうで、僕は萎えます。どなたか(resp-lawvさん?)、やってみてください。