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参照用 記事

階付きベクトル空間 再論

先週の記事「リー/ラインハート代数とその周辺 // 階付きベクトル空間」で階付きベクトル空間〈graded vector space〉の紹介をしました。この記事で、階付きベクトル空間のもう少し詳しい話をします。特に、階付き対象のあいだの射を再階付けモノイドという概念で整理します。%
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1} }%
\newcommand{\hyp}{\mbox{-} }%
\newcommand{\id}{\mathrm{id} }%
\newcommand{\In}{\mbox{ in }}%

内容:

階付き対象と階付けの変更

\cat{C} を圏として、整数でインデックスされた \cat{C} の対象達 (A^i)_{i\in {\bf Z}} を、\cat{C}階付き対象〈graded object〉と呼びます。\cat{C} = {\bf Set} なら階付き集合、\cat{C} = {\bf Vect}_K なら階付きK-ベクトル空間になります。

階付き対象 (A^i)_{i\in {\bf Z}}A^\bullet とも書きます。右肩の黒丸は整数インデックスを書く場所を示すアノテーションで、なくても意味は変わりません。つまり、A^\bullet = A = (A^i)_{i\in {\bf Z}} 。関数 ff(\bullet) と書くのと同じことです。また、右下付きの {}_{i\in {\bf Z}}ラムダ式\lambda\,i\in {\bf Z} と同じです。右肩の黒丸があると、ひと目で階付き対象だと分かるので、ここでは右肩黒丸を付けます。

与えられた階付き対象 A^\bullet の階付け〈grading | graduation | indexing〉を変える方法として、左シフト〈left shift〉 A[1]^\bullet と一般のシフト A[n]^\bullet は紹介しました*1

  • A[1]^i := A^{i + 1}
  • A[n]^i := A^{i + n}

階付けの反転〈reversing〉を次のように定義します。

  • (A^-)^i := A^{-i}

シフトと反転を組み合わせると、例えば次のような階付けを定義できます。

  • (A^-[1])^i = (A^-)^{i + 1} = A^{-i - 1}

シフトと反転があればたいてい間に合いますが、より一般的な階付けの変更も定義しておきます。写像 \varphi:{\bf Z} \to {\bf Z} は一次関数だとします。つまり、適当な整数 r, s\in {\bf Z} が在って、\varphi(i) = s i + r と書けます。

一次関数 \varphi を使って、次のように階付けの変更ができます。

  • (A^\varphi)^i := A^{\varphi(i)}

一次関数をラムダ式で書くことにして、次は階付け変更の例です。

  1.  (A^{\mathrm{even}})^\bullet := (A^{\lambda\, i.\, 2 i})^\bullet = (A^{2i})_{i\in {\bf Z}}
  2.  (A^{\mathrm{odd}})^\bullet := (A^{\lambda\, i.\, 2 i + 1})^\bullet = (A^{2i + 1})_{i\in {\bf Z}}
  3.  (A^-[1])^\bullet := (A^{\lambda\, i.\, -i - 1})^\bullet = (A^{-i - 1})_{i\in {\bf Z}}
  4.  (A^{\lambda\, i.\, 3 - i})^\bullet = (A^{3 - i})_{i\in {\bf Z}}
  5.  (A^{\lambda\, i.\, 0})^\bullet = (A^0)_{i\in {\bf Z}}

再階付けモノイドと階付き対象の圏

\cat{C} が圏だとして、階付き対象を対象として、階付けを保存する射の集まりを射とする圏を Gr(\cat{C}) とします。\cat{G} := Gr(\cat{C}) と置いて具体的に書くと:

  1. \cat{G} の対象は \cat{C} の階付き対象
  2. 階付き対象 A^\bullet = (A^i)_{i\in {\bf Z}}, B^\bullet = (B^i)_{i\in {\bf Z}} のあいだの射は、インデックスされた \cat{C} の射 (f^i:A^i \to B^i)_{i\in {\bf Z}}
  3. 射の結合は成分ごとの結合
  4. 恒等射 \id_{A^\bullet}(\id_{A^i}: A^i \to A^i)_{i\in {\bf Z}}

この \cat{G} = Gr(\cat{C}) は射が少なすぎて困ることがあるのでもっと一般化します。一次関数による階付けの変更を許します。ALF({\bf Z}) を整数から整数への一次関数の全体からなるモノイドとします。モノイドの乗法は関数の結合〈合成〉、モノイドの単位元は恒等関数です。"AFL"は affine linear function の頭文字です。

一次関数 \varphi\in AFL({\bf A}) に対して、集合 \cat{G}^\varphi(A^\bullet, B^\bullet) を次のように定義します。

  • \cat{G}^\varphi(A^\bullet, B^\bullet) := \cat{G}(A^\bullet, (B^\varphi)^\bullet)

さらに、モノイド ALF({\bf Z}) の部分モノイド \Phi \subseteq ALF({\bf Z}) に対して次のように定義します。

  • \cat{G}^\Phi(A^\bullet, B^\bullet) := \bigcup_{\varphi\in \Phi}\cat{G}^\varphi(A^\bullet, B^\bullet) = \bigcup_{\varphi\in \Phi}\cat{G}(A^\bullet, (B^\varphi)^\bullet)

\cat{G}^\Phi(\hyp, \hyp) をホムセットとする圏を定義できます。それを  \cat{G}^\Phi = Gr^\Phi(\cat{C}) とします。最初に定義した Gr(\cat{C}) は、Gr(\cat{C}) = Gr^{\{\id\}}(\cat{C}) です。この方法で定義できる最も大きな圏は Gr^{ALF({\bf Z})}(\cat{C}) ですが、大きすぎるかも知れません。

よく使うモノイド \Phi\subseteq ALF({\bf Z}) として次の2つがあります。

  1. Shi := \{ \varphi \in ALF({\bf Z}) \mid \varphi = (\lambda\, i.\, i + r) \mbox{ where } r\in {\bf Z}\}
  2. ShiRev := \{ \varphi \in ALF({\bf Z}) \mid \varphi = (\lambda\, i.\, \varepsilon i + r) \mbox{ where }\varepsilon = \pm 1,\, r\in {\bf Z}\}

Shi は任意の整数による階付けのシフト〈ずらし〉を含むモノイドです。ShiRev はシフトと反転を組み合わせた関数を含むモノイドです。階付き対象の圏としては、Gr(\cat{C}),\, Gr^{Shi}(\cat{C}),\, Gr^{ShiRev}(\cat{C}) が多く使われるようです。

階付け変更のために選ぶモノイド \Phi\subseteq ALF({\bf Z})再階付けモノイド〈regrading monoid〉と呼ぶことにします。そして、再階付けモノイドの要素である一次関数は再階付け関数〈regrading function〉と呼びます。

f:A^\bullet \to B^\bullet \In Gr^\Phi(\cat{C}) は、再階付け関数 \varphi\in \Phi をもちいて f:A^\bullet \to (B^\varphi)^\bullet \In Gr(\cat{C}) と書けます。この再階付け関数 \varphi は一意に決まるので、

  •  regr(f) = \varphi \in\Phi

と書くことにします。regr(f) は、射 f の次数〈階数〉の一般化です。Gr^{Shi}(\cat{C}) ならば、regr(f) は単一の整数で表現できて、それが射の次数〈階数〉です。

目的に応じて再階付けモノイド \Phi \subseteq ALF({\bf Z}) をうまく選んで階付き対象の圏 Gr^\Phi(\cat{C}) を作ることが重要です。

階付き対象のモノイド積

\cat{C} はモノイド圏とします。記号の乱用で \cat{C} = (\cat{C}, \otimes, I, \alpha, \lambda, \rho) と書きます。\cat{C} がモノイド圏でも、階付き対象の圏 Gr^\Phi(\cat{C}) にモノイド圏の構造を入れられるとは限りません。\cat{C} に直和と始対象も要求します。直和と始対象もモノイド積の形で与えらるとします。つまり、モノイド積 \otimes とは別にもうひとつのモノイド圏構造 (\cat{C}, +, O, \alpha', \lambda', \rho') を備えています。さらに、モノイド積は直和に対して分配するとします。

2つのモノイド積を持ち、分配法則を満たすような圏を僕は半環圏〈semiringal category | semiring category〉と呼んでいます。厳密でない半環圏では分配法則も同型で与えられるので、その同型法則を支配する法則(一貫性)が必要になります。半環圏のちゃんとした定義は大変です。

分配法則に関しては次の論文が参考になります。

今回は、だいたいの話でいいとします。

ベースとなる圏 \cat{C} の例としては、集合圏に直積・直和を一緒に考えた圏 ({\bf Set}, \times, {\bf 1}, +, {\bf 0}) とベクトル空間の圏にテンソル積・双積を一緒に考えた圏 ( {\bf Vect}_K, \otimes, K, \oplus, O) があります。

さて、\cat{C} がモノイド積と直和を持つ半環圏として、階付き対象のモノイド圏 (Gr(\cat{C}), \hat{\otimes}, \hat{I}) を構成します。(非自明な)再階付けモノイドを考えませんが、後から再階付けモノイドを組み入れることができます。

階付き対象 A^\bullet, B^\bullet \in |Gr(\cat{C})| に対して、そのモノイド積と単位対象を次のように定義します。

  •  (A \hat{\otimes} B)^n := \sum_{i + j = n}(A^i \otimes B^j)
  •  \hat{I}^\bullet := I!^\bullet

I!^\bullet は、「リー/ラインハート代数とその周辺 // 階付きベクトル空間」で述べた“0に集中した階付き対象”です。

次の同型が成立します。

  1.  (A^\bullet \hat{\otimes} B^\bullet) \hat{\otimes} C^\bullet \cong A^\bullet \hat{\otimes} (B^\bullet \hat{\otimes} C^\bullet)
  2.  \hat{I}^\bullet \hat{\otimes} A^\bullet \cong A^\bullet
  3.  A^\bullet \hat{\otimes} \hat{I}^\bullet \cong A^\bullet

同型を示すだけ(一貫性まで考えない)なら、分配法則を使った計算をすればOKです。ひとつだけやってみます。


\quad ( (A \hat{\otimes} B \hat{\otimes}) C)^l \\
= \sum_{n + k = l}  (A \hat{\otimes} B)^n \otimes C^k \\
= \sum_{n + k = l} \bigr( \sum_{i + j = n} A^i \otimes B^j \bigr) \otimes C^k \\
\cong \sum_{i + j + k = l} (A^i \otimes B^j)\otimes C^k \\
\cong \sum_{i + j + k = l} A^i \otimes (B^j\otimes C^k) \\
\cong \sum_{i + m = l} \sum_{j + k = m}A^i \otimes (B^j\otimes C^k) \\
\cong \sum_{i + m = l} A^i \otimes \sum_{j + k = m} (B^j\otimes C^k) \\
= \sum_{i + m = l} A^i \otimes  (B \hat{\otimes} C)^m \\
= (A \hat{\otimes}  (B \hat{\otimes} C))^l

ベースとなる圏がモノイド積と直和に関して半環圏ならば、階付き対象の圏にモノイド積が入ることが(おおよそは)分かったでしょう。射に対するモノイド積や再階付けモノイドによる射の拡張などもこの枠組み内で出来ます。

双対の階付け

リー/ラインハート代数とその周辺 // 階付きベクトル空間」では、階付きベクトル空間の圏を {\bf GrVect}_K と書きましたが、今まで述べたことを使って正確に書くと:

  • {\bf GrVect}_K := Gr^{ShiRev}( ( {\bf Vect}_K, \otimes, K, \oplus, O)  )

再階付けには一般的シフトと反転を許します。ベクトル空間/線形写像テンソル積と双積を考えているので、階付きベクトル空間の圏にもテンソル積が入ります。

線形代数では、しばしば双対空間を考えるので、階付きベクトル空間の双対階付きベクトル空間を定義しておきましょう。通常の(階付きではない)ベクトル空間 V の双対空間は V^* と書きます。階付きベクトル空間 A^\bullet の双対階付きベクトル空間は  (A^\vee)^\bullet と書いて区別することにします。

 (A^\vee)^\bullet は次のように定義します。

  •  (A^\vee)^i := (A^{-i})^*
  • 同じことだが  (A^\vee)^{-j} := (A^{j})^*

つまり、成分ごとに双対ベクトル空間をとって階付けを反転します。階付けが反転するので、例えば、A^\bullet が非負領域に集中〈concentrate〉しているとき (A^\vee)^\bullet は非正領域に集中します。

双対に伴う標準ペアリング〈canonical pairing〉を \langle \hyp\mid \hyp\rangle と書くと、次のようになります。

  • \langle \hyp\mid \hyp\rangle : (A^\vee\, \hat\otimes \,A)^\bullet \to K!^\bullet

標準ペアリングは階数0の階付き双線形写像であり、余域である K!^\bullet は0に集中しているので、意味のある成分は \langle \hyp\mid \hyp\rangle^0 だけです。

  • \langle \hyp\mid \hyp\rangle^0 : (A^\vee\, \hat\otimes \,A)^0 \to K!^0

域のテンソル積を展開してみると:


\quad (A^\vee\, \hat\otimes \,A)^0 \\
= \bigoplus_{i + j = 0} (A^\vee)^i \otimes A^j \\
= \bigoplus_{j} (A^\vee)^{-j} \otimes A^j \\
= \bigoplus_{j} (A^j)^\ast \otimes A^j \\

 (A^{j})^\ast \otimes A^j \to K は通常の標準ペアリング双線形写像とすればいいわけです。

コホモロジーホモロジーの双対性を議論するときなどは、A^{-i} = A_i という添字付けの約束を採用すると便利です。

階付き拡張

主に階付きベクトル空間について述べてきましたが、階付き代数〈階付き多元環〉、階付き可換代数、階付きリー代数、階付きベクトルバンドル、 ‥‥ のように、何でも階付き対象にできます。

階付きでなかったモノを階付きに拡張すると面白くなることがあります。「とりあえず階付きバージョンを考えてみる」というのもいいかも知れまませんね。

*1:左シフトは、正確には「左にひとつだけシフト」です。