アーレクス・キッシンジャー〈Aleks Kissinger〉の抽象テンソルシステムは、テンソル計算の手順的側面の抽象化として便利です。が、ラベル集合とリラベリング写像の扱いがイマイチな感じがします。アンドレ・ジョイアル〈André Joyal〉のスピシーズ〈組み合わせスピシーズ〉を使うとスッキリします。ポートへの型付けと入力側ポート・出力側ポートの区別は、ソフィー・レイノア〈Sophie Raynor〉の色パレットによる色付けを使います。$`\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
%\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
\newcommand{\In}{\text{ in } }
%\newcommand{\Imp}{ \Rightarrow }
\newcommand{\Iff}{\Leftrightarrow }
%\newcommand{\hyp}{\text{-} }
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\newcommand{\id}{\mathrm{id} }
%\newcommand{\pto}{ \supseteq\!\to }
\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}
\newcommand{\biwire}{\leftrightsquigarrow}
`$
内容:
- 色パレット
- 型付き極性付き集合と色付き集合
- 色付き有限集合の圏
- 抽象テンソルとは何か
- スピシーズとモノイド・スピシーズ
- 色彩的スピシーズと色彩的モノイド・スピシーズ
- 抽象テンソルシステム
- 結合演算とデルタテンソル
- おわりに
色パレット
なんらかの集合 $`L`$ を固定して、有限集合 $`A`$ と関数 $`f:A \to L`$ の組 $`(A, f)`$ を考えることがよくあります*1。「絵図的手法: 中間整理」では次のように述べました。
- ラベリング: ひとつの集合 $`L`$ を決めて、有限集合から $`L`$ への写像を指定する。
典型的ラベリングには次があります。
- 型付け〈typing〉: 型の集合 $`T`$ へのラベリング
- 極性付け〈polarization〉: $`\{+,−\}`$ へのラベリング
集合 $`L`$ の要素を「ラベル」と呼ぶなら、関数 $`f:A \to L`$ は $`A`$ 上のラベリング〈ラベル付け〉関数です。$`L`$ の要素を「色」と呼ぶなら、関数 $`f:A \to L`$ は色付け〈カラーリング〉関数です。関数値になる要素の呼び名が「ラベル」なのか「色」なのか「型」なのか「香り」なのか「味」なのかナンなのかは、分野やコミュニティに依存します。なんだってかまいませんが、今ここでは「色」を使います。
関数の値となる色の集まりを、単なる集合ではなくて対合付き集合〈set with involution〉にすると(特定の目的のためには)何かと都合がいいことに気づいたのはハックニー/ロバーツォン/ヤウ〈Philip Hackney, Marcy Robertson, Donald Yau〉です(下の [HRY19b])。対合を備えた色の集合をパレット〈palette〉と呼んで活用したのはレイノア〈Sophie Raynor〉です(下の [Ray19])。ここでは色パレット〈{color | colour} palette〉という言葉を使うことにします。
- [HRY19b]
- Title: Modular operads and the nerve theorem
- Authors: Philip Hackney, Marcy Robertson, Donald Yau
- Submitted: 4 Jun 2019 (v1), 26 Apr 2020 (v2)
- Pages: 32p
- URL: https://arxiv.org/abs/1906.01144
- [Ray19]
- Title: Graphical combinatorics and a distributive law for modular operads
- Author: Sophie Raynor
- Submitted: 14 Nov 2019 (v1), 11 Oct 2022 (v3)
- Pages: 66p
- URL: https://arxiv.org/abs/1911.05914
極性付け〈polarization〉との相性を考えて、ここでの色パレットはレイノア(オリジナルはハックニー/ロバーツォン/ヤウ)に追加構造を入れます。ここでの色パレットは、次の構成素からなります。
- 集合 $`C`$ (台集合)
- 対合 $`\alpha : C \to C \In {\bf Set}`$
- セクション $`\mrm{nn} : (C/\!\sim) \to C \In {\bf Set}`$
集合 $`C`$ は有限集合である必要はありません。小さくない集合(例えば $`|{\bf Set}|`$)のときもあります。対合〈involution〉とは、$`\alpha ; \alpha = \id_C`$ を満たす写像です。不動点があってもかまいません。
$`a \sim b :\Iff b = \alpha(a)`$ と定義すると、$`\sim`$ は同値関係になります。$`C/\!\sim`$ はこの同値関係による商集合です。写像 $`\mrm{nn}`$ は次の条件を満たす(i.e. セクションである)とします。
$`\quad \mrm{nn}; \pi = \id_{C/\!\sim} \In {\bf Set}`$
ここで $`\pi`$ は、商集合への標準射影です。$`\mrm{nn}`$ は単射です。単射 $`\mrm{nn}`$ の像を、色パレットの非負パート〈non-negative part〉と呼びます。非負パートの補集合を負パート〈negative part〉と呼びます。非負パート/負パートの概念はレイノアのパレットにはありません。
対合 $`\alpha`$ は否定〈negation〉、対蹠写像〈antipodal map | antipode〉、反対〈opposite | opposition〉、フリップ〈flip〉、共役〈conjugate〉、逆〈inverse〉、反転〈converse〉などと呼ばれますが、ここでは否定にします。
色パレット $`(C, \alpha, \mrm{nn})`$ を一文字で表すときは、習慣により(TeXの)フラクトゥール体を使います*2。
$`\quad \mathfrak{C} = (C, \alpha, \mrm{nn})`$
あるいは、台集合〈underlying set〉を下線〈underline〉で表して:
$`\quad \mathfrak{C} = (\u{\mathfrak{C}}, \alpha_\mathfrak{C}, \mrm{nn}_\mathfrak{C})`$
色パレット $`\mathfrak{C}`$ があると、三値の極性付け $`\mrm{polar}_\mathfrak{C}`$ が決まります。
$`\quad \mrm{polar}_\mathfrak{C} : \u{\mathfrak{C}} \to \{+, 0, -\} \In {\bf Set}`$
その定義は:
- $`c\ \in \u{\mathfrak{C}}`$ が否定 $`\alpha`$ の不動点なら $`\mrm{polar}_\mathfrak{C}(c) = 0`$
- $`c\ \in \u{\mathfrak{C}}`$ が否定 $`\alpha`$ の不動点ではなく、非負パートの要素なら $`\mrm{polar}_\mathfrak{C}(c) = +`$
- $`c\ \in \u{\mathfrak{C}}`$ が負パートの要素なら $`\mrm{polar}_\mathfrak{C}(c) = -`$
集合 $`X`$ から作る自明な色パレットとして、$`\id_X`$ を否定として、$`X`$ を非負パートにしたモノがあります。
よく使う色パレットは、集合 $`X`$ から次のようにして作ったものです。
- $`C := (\{+\}\times X) \cup (\{- \}\times X)`$
- $`\alpha( (+, x) ) = (-, x),\; \alpha( (-, x) ) = (+, x)`$
- $`(\{+\}\times X)`$ が非負パート
型付き極性付き集合と色付き集合
$`T`$ を型(と呼ばれる要素)達の集合だとします。集合(実際に使うのは有限集合です)$`A`$ に型付け〈typing〉$`\tau`$ と極性付け〈polarization〉$`\rho`$ が載っているとします。
$`\quad \tau : A \to T \In {\bf Set}\\
\quad \rho : A \to \{+, -\} \In {\bf Set}
`$
3つ組 $`(A, \tau, \rho)`$ は、型付き極性付き集合〈typed polarized set〉と言えます。図示〈視覚化〉するときは、ポートが型と極性〈入出力の別〉を持ったボックスとして描きます。
型付け $`\tau`$ と極性付け $`\rho`$ を組み合わせてひとつの関数にします。
$`\quad \langle \tau, \rho\rangle : A \to T \times \{+, -\} \In {\bf Set}`$
前節の最後に述べた方法で $`T`$ から作った色パレットを $`\mathfrak{T}`$(フラクトゥール体の T)とします。色パレットの作り方から、
$`\quad \u{\mathfrak{T}} = (\{+\}\times T) \cup (\{- \}\times T)`$
これは、$`T`$ と $`\{+, -\}`$ の直積と同型です。
$`\quad \u{\mathfrak{T}} = (\{+\}\times T) \cup (\{- \}\times T) \cong T \times \{+, -\}`$
集合 $`A`$ の、色パレット $`\mathfrak{T}`$ による色付け〈カラーリング | coloring〉を、次の図式が可換になる $`\gamma`$ として定義します。
$`\quad \xymatrix@C+1pc{
A \ar[r]^-{\langle \tau, \rho\rangle} \ar[dr]_{\gamma}
& *{T \times \{+, -\}} \ar[d]^{\cong}
\\
{}
& \u{\mathfrak{T}}
}`$
先に色付け $`\gamma`$ が与えられているときに、型付けと極性付けは次のように構成できます。
- 型付け: $`\gamma`$ に、極性を忘れてしまう写像 $`(\{+\}\times T) \cup (\{- \}\times T) \to T`$ を後結合すると得られる。
- 極性付け: $`\gamma`$ に、色パレットの極性付け(この場合はニ値) $`\mrm{polar}_\mathfrak{T}`$ を後結合すると得られる。
したがって、適当な色パレットにより、型付き極性付き集合は色付き集合〈colored set〉だとみなせます。
単なる型付き集合〈typed set〉 $`(A, \tau)`$ に関しては、集合 $`T`$ から作った自明な色パレットを使うと色付き集合とみなせます。
色パレットを使うメリットは、極性がある場合もない場合も、色パレットの調整により、一律に色付けと色付き集合として扱えることです。
色付き有限集合の圏
$`\mathfrak{C}`$ を色パレットとします。以下、色付き集合の台集合は有限集合だとします。色パレット $`\mathfrak{C}`$ で色付けされた色付き有限集合 $`A`$ を、次の形で書きます。
$`\quad A = (\u{A}, \gamma_A)`$
$`\gamma_A`$ は $`A`$ の色付けです。
$`\quad \gamma_A : \u{A} \to \u{\mathfrak{C}} \In {\bf Set}`$
幾つかの略記法を導入します。
- 色パレットの否定〈negation〉をマイナス記号の前置で表す。$`-c := \alpha_\mathfrak{C}(c)`$
- 色 $`c \in \u{\mathfrak{C}}`$ が、非負パート〈non-negative part〉に属することを $`c \ge 0`$ と書く。
- 色 $`c \in \u{\mathfrak{C}}`$ が、負パート〈negative part〉に属することを $`c \lt 0`$ と書く。
台集合が空集合である色付き有限集合を、記号の乱用で
$`\quad \emptyset = (\emptyset, \gamma_\emptyset)`$
と書きます。
二元集合(要素が2個の集合)を台集合とする色付き有限集合 $`P = (\{a, b\}, \gamma_P)`$ が次の条件を満たすときワイヤーペア〈wire pair〉と呼ぶことにします。
$`\quad \gamma_P(b) = - \gamma_P(a)`$
ワイヤリング図〈ストリング図〉に描くと1本のワイヤーに対応するからです。ワイヤーペアでは、次のどちらかまたは両方が成立します。
- $`\gamma_P(a) \ge 0`$
- $`\gamma_P(b) \ge 0`$
$`\gamma_P(a) \ge 0`$ が成立するワイヤーペアを $`(a \leadsto b)`$ と書くことにします。$`\gamma_P(b) \ge 0`$ が成立するなら $`(b \leadsto a)`$ です。両方とも成立するときは $`(a \biwire b)`$ とします。$`(a \biwire b)`$ は、$`(a \leadsto b)`$ でもあり $`(b \leadsto a)`$ でもあるとみなします。つまり、$`(a \biwire b)`$ であるワイヤーペアを $`(a \leadsto b)`$ と書くことも $`(b \leadsto a)`$ と書くことも許されます。
色付き有限集合 $`A = (\u{A}, \gamma_A)`$ に対して、その否定〈negation〉を次のように定義します。
$`\quad \mrm{N}(A) := (\u{A}, -\gamma_A)`$
つまり、色付き有限集合の否定は、同じ台集合で色付け関数の否定を取ったものです。
空集合、ワイヤーペアの否定を取ると、次のようになります。
- $`\mrm{N}(\emptyset) = \emptyset`$
- $`\mrm{N}( (a \leadsto b)) = (b \leadsto a)`$
- $`\mrm{N}( (a \biwire b)) = (b \biwire a) = (a \biwire b)`$
有限集合は直和が可能ですが、色付き有限集合も直和を構成できます。2つの色付き有限集合の直和は次のように定義します。
$`\quad A + B := (\u{A} + \u{B}, [\gamma_A, \gamma_B])`$
直和の台集合は台集合の直和、直和の色付け関数は色付け関数のコペア〈copair〉です。
色パレット $`\mathfrak{C}`$ に対する色付き有限集合を対象とする余デカルト・モノイド圏を構成しましょう。
- 圏の対象は、$`\mathfrak{C}`$-色付き有限集合。
- 圏の射は、$`\mathfrak{C}`$-色付けを保存する写像。
- 圏の恒等射は、恒等写像。
- モノイド積は、直和とする。射に対しても直和が定義できる。
- モノイド単位は、空集合。
このように定義された余デカルト・モノイド圏を $`(\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf FinSet}, +, \emptyset)`$ と書きます。モノイド圏の結合律子〈associator〉、単位律子〈unitor〉は省略します。さらに、記号の乱用で次のように書きます。
$`\quad \mathfrak{C}\text{-colr}{\bf FinSet} = (\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf FinSet}, +, \emptyset)`$
$`\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf FinSet}`$ は、その対象上に否定を持ちます。
$`\quad \mrm{N} : |\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf FinSet}| \to |\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf FinSet}| \In {\bf SET}`$
否定 $`\mrm{N}`$ を含めて公理化すべきでしょうが、よく分からないので今は諦めます。$`\mrm{N}`$ は具体的な定義をもとに扱います。
以下、$`\mathfrak{C}`$-色付き有限集合の圏〈category of $`\mathfrak{C}`$-colored finite sets〉、または単に色付き有限集合の圏〈category of colored finite sets〉といった場合は、余デカルト・モノイド構造と否定を備えた $`\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf FinSet}`$ のことを意味します。様々な色パレットに対する色付き有限集合の圏は、絵図的手法の基本的道具になります。重要です。
抽象テンソルとは何か
最初に、混乱を避けるために、言葉づかいについて注意しておきます。
- 二重引用符を付けて「“色”」と書いたら、日常語としての色です。テクニカルタームとしての色は二重引用符は付けません。
- この記事内で、ラベルとラベリングは一般的な意味で使っています。特に、モノに名前を付けるラベリングは名前ラベリング〈name labeling | naming〉と呼ぶことにします。
- $`\text{"a"}`$ は長さ1の文字列データとしての $`a`$ です。文字列データは具体的な名前ラベルとして使います。
この記事の目的は、キッシンジャーの抽象テンソルシステムを、スピシーズ(と呼ばれる概念)を使って再定義することです。抽象テンソルシステムは、テンソルの集合達に構造を載せた(広義の)代数系です。「テンソル(の実体)は何か?」の定義はありません。これは普通のことで、例えば、ある程度抽象化した線形代数では「ベクトル(の実体)は何か?」に答えません。単に、ベクトル空間(の台集合)の要素と定義されるだけです。
抽象テンソルも、とある集合の要素として定義されます。とある集合がひとつではなくてたくさんあります。つまり、テンソルの集合の族を考えます。集合族のインデックス(あるいはパラメータ)として色付き有限集合が使われます。$`A`$ が(とある色パレットの)色付き有限集合だとすると、インデックス〈パラメータ〉が $`A`$ であるテンソルの集合を $`\cat{T}(A)`$ と書きます。集合 $`\cat{T}(A)`$ の要素 $`\varphi \in \cat{T}(A)`$ がテンソルです。
テンソル $`\varphi`$ を次のように図示します。
この図では、テンソルを表すボックス(形はまるいけど)の境界が色付き有限集合 $`A`$ を表します。色は型と極性の組み合わせとしています。色付き有限集合の要素がポート(境界上のシルシ)で、ポートの“色”(この節冒頭注意参照)が型を表し、プラス・マイナスが極性です。
例えば、図の左上から時計回りにポートに順番を付けるとすると:
- 1番のポートの型は $`R`$ で極性は $`-`$ 。
- 2番のポートの型は $`G`$ で極性は $`-`$ 。
- 3番のポートの型は $`R`$ で極性は $`-`$ 。
- 4番のポートの型は $`G`$ で極性は $`+`$ 。
- 5番のポートの型は $`B`$ で極性は $`+`$ 。
ポートを識別するために、文字列の名前ラベルを付けると、次のようになります。
- 1番のポートの名前は $`\text{"a"}`$ で型は $`R`$ で極性は $`-`$ 。
- 2番のポートの名前は $`\text{"b"}`$ で型は $`G`$ で極性は $`-`$ 。
- 3番のポートの名前は $`\text{"c"}`$ で型は $`R`$ で極性は $`-`$ 。
- 4番のポートの名前は $`\text{"y"}`$ で型は $`G`$ で極性は $`+`$ 。
- 5番のポートの名前は $`\text{"x"}`$ で型は $`B`$ で極性は $`+`$ 。
キッシンジャーは、名前ラベル/名前ラベリングを中心に考えてますが、ここでは名前ラベル/名前ラベリングは使いません。色付き有限集合を使うだけです。とはいえ、名前ラベルを排除しているわけではありません。名前ラベルの集合 $`\{\text{"a"}, \text{"b"}, \text{"c"}, \text{"x"}, \text{"y"}\}`$ も有限集合なので、この有限集合上の色付けを考えれば立派な色付き有限集合になります。その色付き有限集合に対するテンソルの集合があります。
色付き有限集合の台集合が名前ラベルの集合であるか、番号の集合であるか、その他のナニカの集合であるかは気にしない、どうでもいいという態度です。
$`\varphi \in \cat{T}(A)`$ のとき、色付き有限集合 $`A`$ を、テンソル $`\varphi`$ のプロファイル〈profile〉、またはインターフェイス〈interface〉と呼びます。$`\varphi`$ が抽象的で正体不明であっても、そのプロファイルは具体的でハッキリした色付き有限集合です。
スピシーズとモノイド・スピシーズ
圏 $`\cat{C}`$ に対して、$`\cat{C}`$ の同型射〈isomorphism〉だけを集めて作った圏を $`\mrm{Core}(\cat{C})`$ と書いて、$`\cat{C}`$ のコア亜群〈core groupoid〉と呼びます。
有限集合のあいだの同型写像を置換〈permutation〉とも呼ぶので、圏 $`{\bf FinSet}`$ のコア亜群を置換亜群〈permutation groupoid〉と呼び、次のように書きます。
$`\quad {\bf Perm} := \mrm{Core}({\bf FinSet})`$
置換亜群上の前層、つまり集合圏への反変関手を組み合わせスピシーズ〈combinatorial species〉、あるいは単にスピシーズ〈species〉と呼びます。
スピシーズのあいだの射は、関手のあいだの自然変換とします。スピシーズの圏は前層の圏(関手圏)です。亜群上では、前層と余前層を区別する必要はあまりないので、スピシーズの圏を余前層の圏としてもかまいません(以下、そうします)。
$`\quad {\bf Spcs} := {\bf CAT}({\bf Perm}, {\bf Set})`$
$`{\bf Perm}`$ は、有限集合/写像の直和により対称モノイド圏になります(余デカルト構造を作れないので、余デカルト圏にはならない)。集合圏は直積により対称モノイド圏です。
$`\quad {\bf Perm} = ({\bf Perm}, +, \emptyset, \sigma)\\
\quad {\bf Set} = ({\bf Set}, \times , {\bf 1}, \sigma)
`$
2つの対称モノイド圏のあいだのラックス対称モノイド関手〈lax symmetric monoidal functor〉を考えることができます。対称モノイド圏としての $`{\bf Perm}`$ から対称モノイド圏としての $`{\bf Set}`$ へのラックス対称モノイド関手をモノイド・スピシーズ〈monoidal species〉と呼びます。モノイド・スピシーズのあいだの射は、対称モノイド自然変換です(「この2つのミニマムな解説はほんとに便利だ」参照)。モノイド・スピシーズの圏を次のように書きます。
$`\quad {\bf MonSpcs} := {\bf SymMonCAT}^\mrm{lax}({\bf Perm}, {\bf Set})`$
色彩的スピシーズと色彩的モノイド・スピシーズ
前節の有限集合を色付き有限集合に置き換えると、色彩的スピシーズ〈colorful species〉と色彩的モノイド・スピシーズ〈colorful monoidal species〉が得られます。
$`\mathfrak{C}`$ を色パレットとして、$`\mathfrak{C}`$-色彩的置換の圏〈category of $`\mathfrak{C}`$-colorful permutations〉を次のように定義します。
$`\quad \mathfrak{C}\text{-colr}{\bf Perm} := \mrm{Core}(\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf FinSet})`$
色パレット $`\mathfrak{C}`$ が了解されていれば、単に色彩的置換の圏〈category of colorful permutations〉ともいいます。色彩的置換の圏は定義より亜群です。
[追記]前節で「置換亜群」という言葉を使っていたので、この節でも「色彩的置換亜群」というほうがバランスと統一性からは良かったですね。ここはそのままにしますが、今後はたぶん「色彩的置換亜群」を使います。[/追記]
色彩的置換の圏(亜群)にも、直和により対称モノイド構造が入ります(余デカルト構造ではない)。したがって、モノイド・スピシーズと同様に色彩的モノイド・スピシーズ〈colorful monoidal species〉を定義できます。色彩的モノイド・スピシーズの圏は次のように書きます。
$`\quad \mathfrak{C}\text{-colr}{\bf MonSpcs} := {\bf SymMonCAT}^\mrm{lax}(\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf Perm}, {\bf Set})`$
色彩的モノイド・スピシーズ $`\cat{S}`$ を、記号の乱用で次のように書きます。
$`\quad \cat{S} = (\cat{S}, \nu^\cat{S}, \iota^\cat{S}) `$
ここで:
- $`\cat{S}`$ : 色彩的モノイド・スピシーズの台関手、名前のオーバロードをしている。
- $`\nu^\cat{S}`$ : ラックス・モノイド関手の乗法ラクセイター(「緩化子〈ラクセイター〉」参照)
- $`\iota^\cat{S}`$ : ラックス・モノイド関手の単位ラクセイター
$`A, B`$ を色付き有限集合だとして、色彩的モノイド・スピシーズ $`\cat{S}`$ のラクセイターの成分〈components〉は次のように書けます。
$`\quad \nu^\cat{S}_{A, B} : \cat{S}(A) \times \cat{S}(B) \to \cat{S}(A + B) \In {\bf Set}\\
\quad \iota^\cat{S} : {\bf 1} \to \cat{S}(\emptyset) \In {\bf Set}
`$
抽象テンソルシステム
抽象テンソルシステムは、次の論文で定義された(広義の)代数系です。
- [Kis13]
- Title: Abstract Tensor Systems as Monoidal Categories
- Author: Aleks Kissinger
- Submitted: 16 Aug 2013
- Pages: 19p
- URL: https://arxiv.org/abs/1308.3586
ここでは、抽象テンソルシステムを、色彩的モノイド・スピシーズに縮約オペレータ〈縮約コンビネータ〉が付いたものとして再定義します。内容的には、キッシンジャーのオリジナルと同じものです。
抽象テンソルシステムの台〈underlying thing〉となる色彩的モノイド・スピシーズを $`\cat{T}`$ とします。乗法ラクセイターと単位ラクセイターとして、次の記号を使います。
$`\quad \cat{T} = (\cat{T}, \odot^\cat{T}, 1^\cat{T})`$
$`A, B`$ を色付き有限集合だとして、$`\cat{T}`$ のラクセイターの成分は次のように書けます。
$`\quad \odot^\cat{T}_{A, B} : \cat{T}(A) \times \cat{T}(B) \to \cat{T}(A + B) \In {\bf Set}\\
\quad 1^\cat{T} : {\bf 1} \to \cat{T}(\emptyset) \In {\bf Set}
`$
今の文脈では、$`\odot^\cat{T}`$ をテンソル積〈tensor product〉、$`1^\cat{T}`$ をテンソル単位と呼びます。テンソル積とテンソル単位に関する結合律/単位律/可換律は、ラックス対称モノイド関手の定義に含まれています。
縮約オペレーター〈contraction operator〉は、色付き有限集合 $`A`$ に含まれるワイヤーペア $`(a \leadsto b)`$ でインデックス〈パラメトライズ〉される、写像の族です*3。
$`\quad \mathbb{K}^A_{(a \leadsto b)} : \cat{T}(A) \to \cat{T}(A - \{a,b\}) \In {\bf Set}`$
ここで、引き算 $`A - \{a,b\}`$ は次の意味です。
- 色付き有限集合 $`A`$ の台集合から、部分集合 $`\{a, b\}`$ を取り除いた集合 $`\u{A}\setminus \{a, b\}`$ に、もとの色付けをそのまま使って作った色付き有限集合
$`\mathbb{K}^A_{(a \leadsto b)}`$ と書いたときは、ワイヤーペア $`(a\leadsto b)`$ が、$`A`$ の部分色付き有限集合として $`A`$ に含まれることを前提します。以下に、縮約オペレータ(の族)に要求される公理を述べます。
まず、縮約オペレータ(の族)がスピシーズ構造と整合すること:
$`f: A \to B \In \mathfrak{C}\text{-colr}{\bf Perm}`$ として、次の図式が可換になることを要求します。
$`\require{AMScd}
\quad \begin{CD}
\cat{T}(A) @>{\cat{T}(f)}>> \cat{T}(B)\\
@V{\mathbb{K}^A_{(a\leadsto b)}}VV @VV{\mathbb{K}^B_{(f(a)\leadsto f(b))}}V\\
\cat{T}(A - \{a, b\}) @>{\cat{T}(f')}>> \cat{T}(B - \{f(a), f(b)\})\\
\end{CD}`$
$`f'`$ は $`f`$ の制限です。自然性〈naturality〉と類似の可換四角形です。
次に、縮約オペレータどうしの可換性(図式の可換性ではない): $`a, b, c, d \in \u{A},\; \{a, b\}\cap \{b, c\} = \emptyset`$ だとして、
$`\quad \mathbb{K}^A_{(a\leadsto b)} \circ \mathbb{K}^A_{(c\leadsto d)} = \mathbb{K}^A_{(c\leadsto d)} \circ \mathbb{K}^A_{(a\leadsto b)} \; :
\cat{T}(A) \to \cat{T}(A - \{a,b, c, d\}) \In {\bf Set}
`$
次の2つの図式の可換性も要求します。どちらか一方でもかまいませんが、両方書いておいたほうが対称的です。
$`\quad \begin{CD}
\cat{T}(A) \times \cat{T}(B) @>{\odot_{A, B}}>> \cat{T}(A + B) \\
@V{\mathbb{K}^A_{(a\leadsto b)} \times \id}VV @VV{\mathbb{K}^{A + B}_{(a\leadsto b)}}V\\
\cat{T}(A - \{a, b\}) \times \cat{T}(B) @>{\odot_{A - \{a, b\}, B}}>> \cat{T}( (A - \{a, b\}) + B ) = \cat{T}( (A + B) - \{a, b\})
\end{CD}`$
$`\quad \begin{CD}
\cat{T}(A) \times \cat{T}(B) @>{\odot_{A, B}}>> \cat{T}(A + B) \\
@V{\id \times \mathbb{K}^B_{(c\leadsto d)} }VV @VV{\mathbb{K}^{A + B}_{(c\leadsto d)}}V\\
\cat{T}(A) \times \cat{T}(B - \{c, d\}) @>{\odot_{A, B - \{c, d\}}}>> \cat{T}( A + (B - \{c, d\}) ) = \cat{T}( (A + B) - \{c, d\})
\end{CD}`$
ここまでの公理を満たす $`\cat{T}`$ と $`\mathbb{K}`$ の組 $`(\cat{T}, \mathbb{K})`$ を非単位的抽象テンソルシステム〈non-unital abstract tensor system〉と呼びます。非単位的といっているのは、ある演算(後述)に対する単位元を要求してないからです。今言った「単位元」はテンソル単位 $`1^\cat{T}`$ とは別なものです。
結合演算とデルタテンソル
$`\cat{T} = (\cat{T}, \odot^\cat{T}, 1^\cat{T})`$ を$`\mathfrak{C}`$-色彩的モノイド・スピシーズ、$`\mathbb{K}`$ を前節の公理を満たす縮約オペレータ(の族)とします。色付き有限集合 $`A, B`$ と2つの要素 $`a\in \u{A}, b\in \u{B}`$ でインデックス〈パラメトライズ〉された二項演算の族を考えます。$`a, b`$ は、ワイヤーペア $`a\leadsto b`$ が $`A + B`$ 内で作れるような二元です。
$`\quad \ast^{A, B}_{a, b} : \cat{T}(A)\times \cat{T}(B) \to \cat{T}( (A - \{a\}) + (B - \{b\})) \In {\bf Set}`$
二項演算 $`\ast^{A, B}_{a, b}`$ は次のように定義します。
$`\quad \varphi \ast^{A, B}_{a, b} \psi := \mathbb{K}^{A + B}_{(a\leadsto b)}( \varphi \odot_{A, B} \psi)`$
二項演算 $`\ast^{A, B}_{a, b}`$ 達の族を結合〈composition〉または乗法〈multiplication〉と呼びます。
結合演算は、非単位的抽象テンソルシステム $`(\cat{T}, \mathbb{K})`$ があれば、後付けで構成できます。定義した結合演算に、単位元があることは保証されません。
結合演算の単位元を持つような抽象テンソルシステムを考えましょう。結合演算の単位元となるテンソルの族を $`\delta^P_{(a\leadsto b)}`$ とします。
$`\quad \delta^P_{(a\leadsto b)} \in \cat{T}(P)`$
ここで、色付き有限集合 $`P`$ は $`\u{P} = \{a, b\}`$ で、ワイヤーペア $`(a \leadsto b)`$ が意味を持つような色付き有限集合です。テンソルの族 $`\delta^P_{(a\leadsto b)}`$ に含まれるテンソルをデルタテンソル〈delta tensor〉と呼びます。
デルタテンソルが結合演算の単位元になることの記述は意外と面倒です。幾つかの準備が必要です。
色付き有限集合 $`A = (\u{A}, \gamma_A)`$ があるとき、台集合 $`\u{A}`$ から要素 $`a`$ を取り除いて、代わりに $`a'`$ を入れた台集合を作り、新しい色付け関数 $`\gamma'`$ を次のように定義します。
- $`x \in \u{A} \land x \ne a`$ ならば、$`\gamma'(x) = \gamma_A(x)`$
- $`\gamma'(a') = \gamma_A(a)`$
こうして作った色付き有限集合を $`A[a'/a]`$ と書きます。作り方から、
$`\quad \u{A[a'/a]} = (\u{A}\setminus a) + \{a'\}`$
要素 $`a \in \u{A}`$ 以外では恒等であるような色付け保存写像 $`A \to A[a'/a]`$ が一意に存在します。その写像を次のように書きます。
$`\quad (a'/a)_A : A \to A[a'/a] \In \mathfrak{C}\text{-clor}{\bf Perm}`$
これをスピシーズ(共変関手)$`\cat{T}`$ で移すと、
$`\quad \cat{T}( (a'/a)_A ) : \cat{T}(A) \to \cat{T}(A[a'/a]) \In {\bf Set}`$
が生じます。次の略記も使います。
$`\quad \varphi^{(a'/a)} := \cat{T}( (a'/a)_A )(\varphi)`$
結合演算とデルタテンソルに関する単位律を述べるためのセットアップは次のとおり。
- $`A, B \in |\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf Perm}|`$
- $`a \in \u{A}, b\in \u{B}`$
- $`Q \in |\mathfrak{C}\text{-colr}{\bf Perm}|`$
- $`\u{Q} =\{c, d\}`$
- ワイヤーペア $`(c \leadsto d)`$ は意味を持つ。
- $`\varphi \in \cat{T}(A)`$
- $`\psi \in \cat{T}(B)`$
以上の準備のもとで、左単位律と右単位律は次のように書けます。
$`\quad \delta^Q_{c\leadsto d} \ast^{Q, B}_{d, b} \psi = \psi^{(c/b)} \\
\quad \varphi \ast^{A, Q}_{a, c} \delta^Q_{(c \leadsto d)} = \varphi^{(d/a)}
`$
$`\cat{T}, \mathbb{K}`$ に加えて、デルタテンソルの族 $`\delta^Q_{(c\leadsto d)}`$ を備えていて、単位律が成立するような構造を単位的抽象テンソルシステム〈unital abstract tensor system〉、あるいは単に抽象テンソルシステム〈abstract tensor system〉と呼びます。
おわりに
抽象テンソルシステムのテンソル積の構造を色彩的モノイド・スピシーズで記述するとスッキリします。が、結合演算〈乗法〉と単位律の記述はだいぶゴチャゴチャしてます。このゴチャゴチャを解消するためのうまい道具立てがあるのかも知れません。
抽象テンソルシステムは、テンソル積(ラックス対称モノイド関手のラクセイター)を用いてモジュラーオペラッド〈modular operad〉を構成する手段になります。モジュラーオペラッドの一般論から分かることが何かあるかも知れません。