「抽象テンソルシステムは縮約付き色彩的モノイド・スピシーズ」において、キッシンジャー〈Aleks Kissinger〉の抽象テンソルシステムを、色パレットとスピシーズを用いて再定義しました。再定義された抽象テンソルシステムは、色概念を導入しているので色彩的抽象テンソルシステム〈colorful abstract tensor system〉と呼ぶことにしましょう。
色彩的抽象テンソルシステムは、圏類似代数系の記述・分類・計算の道具としてとても有望そうです。圏類似代数系〈category-like algebraic {system | structure}〉とは、圏/オペラッド/プロップ/プロペラッド/モジュラーオペラッドなど、圏の拡張や制限になっているような(圏に似た)一連の代数系のことです。
「圏論を使って圏論をやる」のは珍しいことではありませんが、ここでやりたいことは、「圏論を使って圏論だけではなくて、オペラッド/プロップ/プロペラッド/モジュラーオペラッドなどの理論もやる」ことです。「理論」は、代数系の抽象論というよりは、具体的な計算手段を提供する組み合わせ的〈combinatorial〉/運算的〈calculational〉な理論です。$`\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
%\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
\newcommand{\In}{\text{ in } }
%\newcommand{\Imp}{ \Rightarrow }
\newcommand{\Iff}{\Leftrightarrow }
%\newcommand{\hyp}{\text{-} }
%\newcommand{\op}{\mathrm{op} }
\newcommand{\id}{\mathrm{id} }
%\newcommand{\pto}{ \supseteq\!\to }
\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}
\newcommand{\wire}{\leadsto }
\newcommand{\biwire}{\leftrightsquigarrow}
\newcommand{\cpal}[1]{\mathfrak{#1} }
`$
内容:
色彩的ツール達
色彩的ツール達〈colorful tools〉とは、次のような概念のことです。
- 色パレット〈color palette〉
- 色付き有限集合〈colored finite set〉
- 色彩的置換亜群〈colorful permutation groupoid〉
- 色彩的スピシーズ〈colorful species〉
- 色彩的スピシーズの圏〈category of colorful species〉
これらの概念については、「抽象テンソルシステムは縮約付き色彩的モノイド・スピシーズ」で定義・説明しているので参照してください。
ここでは、変更追加部分と補足説明を述べます。
色パレット $`\cpal{C}`$ に対して、次の約束をします。
- 色パレットの否定〈negation〉(対合写像)は、前置マイナス記号で表す。
- $`\u{\cpal{C}}`$ は、色パレットの台集合〈underlying set〉。
- $`\u{\cpal{C}}_{\ge 0}`$ は、色パレットの非負パート(台集合の部分集合)。
- $`\u{\cpal{C}}_{\lt 0}`$ は、色パレットの負パート(台集合の部分集合)。
- 色パレットの符号関数〈sign function〉(すぐ下で説明)は $`\mrm{sign}_\cpal{C}`$ と書く。
「抽象テンソルシステムは縮約付き色彩的モノイド・スピシーズ」において、色パレットの三値の極性関数を次のように書きました。
$`\quad \mrm{polar}_\cpal{C} : \u{\cpal{C}} \to \{+, 0, -\} \In {\bf Set} \text{ or }{\bf SET}`$
「極性」と「符号」は同義語ですが、三値の場合は「符号」を使うことにします。$`\mrm{sign}_\cpal{C}(c)`$ はゼロになる可能性があります。
色彩的置換亜群の定義は少しゆるくします。「抽象テンソルシステムは縮約付き色彩的モノイド・スピシーズ」で定義した色彩的置換亜群〈色彩的置換の圏〉を最大色彩的置換亜群〈maximum groupoid of colorful permutations | maximum colorful permutation groupoid〉に変更します。一般の色彩的置換亜群〈colorful permutation groupoid〉は、最大色彩的置換亜群の部分亜群とします。
最大ではない色彩的置換亜群の例を挙げましょう。$`\cpal{C}`$ を色パレットとして、台集合が単元集合である$`\cpal{C}`$-色付き集合の全体と、色付け保存写像〈色保存写像〉の全体を考えます。これは最大色彩的置換亜群の部分亜群となるので、色彩的置換亜群です。
色彩的スピシーズ〈colorful species〉*1とは、必ずしも最大とは限らない色彩的置換亜群の上の前層または余前層です。亜群上では、前層と余前層のどっちを使っても似たりよったりですが、約束として、ここでは余前層(共変関手)を使います。
なんらかの(最大でなくてもいい)色彩的置換亜群上のすべての色彩的スピシーズの全体に、自然変換を射として色彩的スピシーズの圏〈category of colorful species〉*2が構成されます。
次のような特別な色パレット $`\cpal{I}`$ (TeXのフラクトゥール体の I)を考えます($`\cpal{I}`$ は特定の色パレットを指す個有名です)。
- $`\u{\cpal{I}} = {\bf 1}`$ 、つまり、台集合は特定された単元集合〈distinguished singleton set〉。
- 否定(対合写像)は $`\id_{\bf 1}`$ 。
- $`\u{\cpal{I}}_{\ge 0} = {\bf 1}`$ 、つまり、非負パートは台集合と一致する。
$`\cpal{I}`$-色付き有限集合は、単なる有限集合だと思っても同じです。色パレット $`\cpal{I}`$ に基づく概念は、レイノア〈Sophie Raynor〉にならって単彩的〈monochrome〉と形容します。単彩的と同義な形容詞に、色無し〈uncolored〉、単色〈uni-colored 〉、単ソート〈single-sorted〉などがあります。単彩的は色彩的の対義語のように思えますが、そうではなくて、単彩的は色彩的の特別な場合です。
色彩的スピシーズ
色彩的スピシーズは、なんらかの色彩的置換亜群上の余前層です。余前層とは集合圏への共変関手です。関手の域〈domain〉となる色彩的置換亜群を、色彩的スピシーズの域亜群〈domain groupoid〉と呼ぶことにします。域亜群の対象は色付き有限集合です。
域亜群が $`\cat{G}`$ であるような色彩的スピシーズ(とそのあいだの射)の全体が色彩的スピシーズの圏を形成します。この圏は次のように書きます(関手圏の記法)。
$`\quad {\bf CAT}(\cat{G}, {\bf Set}) = [\cat{G}, {\bf Set}] = {\bf Set}^\cat{G}`$
ベースとなる色パレットを明示したいときは次のように書くことにします。
$`\quad {\bf CAT}(\cat{G}/\cpal{C}, {\bf Set}) = [\cat{G}/\cpal{C}, {\bf Set}] = {\bf Set}^{\cat{G}/\cpal{C}}`$
ここで、$`\cat{G}/\cpal{C}`$ はオーバー圏〈スライス圏〉ではなくて、単に色パレットの情報を添えているだけです。色パレットをフラクトゥール体で書いているので混乱の心配はないでしょう。例えば、次のように書けば、色彩的スピシーズ達の域亜群が単彩的置換亜群であることが分かります。
$`\quad [\cat{G}/\cpal{I}, {\bf Set}]`$
$`\cat{S}`$ が域亜群 $`\cat{G}/\cpal{C}`$ 上の色彩的スピシーズのとき、域亜群の対象($`\cpal{C}`$-色付き有限集合) $`A`$ に対する値は(普通通り)次のように書きます。
$`\quad \cat{S}(A) \;\in |{\bf Set}|`$
この集合を($`\cat{S}`$ の $`A`$ に{おける | 対する})ホムセット〈homset〉と呼ぶことにします。圏論の標準的用語「ホムセット」がここで出てきたことに驚く人もいるでしょうが、特別な場合には圏のホムセットが再現します。色彩的スピシーズを表すのに、圏と同じ文字フォント(TeXのカリグラフィー体)を使っているのも、特別な場合にはスピシーズが圏になるからです。
ホムセットの要素には色々な呼び名があります。
- 射〈morphism〉
- オペレーション〈operation〉
- テンソル〈tensor〉
- セル〈cell〉
特にひとつに決めないで、場合に応じてふさわしそうな呼び名を使うことにします。
$`\cat{S}`$ の域亜群の射 $`f:A \to B \In \cat{G}`$ があると、写像(集合圏の射)が決まります。
$`\quad \cat{S}(f) : \cat{S}(A) \to \cat{S}(B) \In {\bf Set}`$
$`\varphi\in \cat{S}(A)`$ に対する $`\cat{S}(f)(\varphi)`$ の略記を決めておきましょう。域亜群の結合〈composition〉を図式順〈diagrammatic order〉で書くときには、$`f`$ を右肩に乗せます。
$`\quad \varphi^f := \cat{S}(f)(\varphi)`$
$`\cat{S}`$ が共変関手であることから次が成立します。
$`\quad \varphi^{f; g} = (\varphi^f)^g\\
\quad \varphi^{\id_A} = \varphi
`$
結合〈composition〉を反図式順〈anti-diagrammatic order〉で書くときには、$`f`$ を左肩に乗せると辻褄が合います。
$`\quad {^{g\circ f}\varphi} = {^g ({^f \varphi}) }\\
\quad {^{\id_A} \varphi} = \varphi
`$
ここでは、図式順記法で右肩に乗せると約束します。このテの略記には混乱要因が色々あります。
- 図式順か反図式順かで、話が反対になる。
- 余前層ではなくて前層を使うことにすると、話が反対になる。
- 逆を取ってから作用させる $`\varphi^{f^{-1}}`$ にすると、話が反対になる。
いやはやなんとも ‥‥(ため息)
色彩的スピシーズ上のコンビネータと色彩的抽象テンソルシステム
$`A , B`$ が(適当な色パレット $`\cpal{C}`$ に対する)色付き有限集合であるとき、足し算 $`A + B`$ は「台集合の直和と色付けのコペア」で定義できました。$`X \subseteq \u{A}`$ だとして、引き算 $`A - X`$ は「台集合の集合差と色付けの制限」で定義できます。引き算が、色付き有限集合どうしの演算ではないことに注意してください。
$`a, b \in \u{A}`$ の順序対 $`(a, b)`$ がワイヤーペア〈wire pair〉であるとは次のことです。
- $`\gamma_A(a) \in \u{\cpal{C}}_{\ge 0}`$ ($`a`$ の色は非負である)
- $`\gamma_A(b) = - \gamma_A(a)`$ ($`b`$ の色は、$`a`$ の色の否定である)
$`\gamma_A`$ は $`A`$ の色付け関数です。$`b`$ の色は、$`a`$ の色の否定ですが、ただちに負であるとは言えません。$`a`$ の色も $`b`$ の色も符号ゼロである可能性もあります。
順序対 $`(a, b)`$ がワイヤーペアであるときは、これを $`(a\wire b)`$ と書くことにします。
以上の定義は、「抽象テンソルシステムは縮約付き色彩的モノイド・スピシーズ」におけるワイヤーペアの定義と幾分か違っています。今回の定義のほうが正確で分かりやすいでしょう(意図するところはまったく同じですが)。
色付き有限集合の(台集合の)要素をポート〈port〉と呼ぶことにすると、ワイヤーペア $`(a\wire b)`$ は、ポート $`a`$ とポート $`b`$ を繋げる紐として使えます。「繋げる」とは、後述の$`\mathbb{K}`$コンビネータや$`\mathbb{C}`$コンビネータを作用させることです。
(圏論的な)「オペレータ」と「コンビネータ」は同義語ですが、どちらかと言うと僕は「オペレータ」を多く使ってました。が、スピシーズのホムセット(前節参照)の要素を「オペレーション」と呼ぶことがあり、「オペレーション」と「オペレータ」も同義語(かつ発音が似てる)ことから混乱しそうなので、「コンビネータ」のほうを使うことにします。
色彩的スピシーズ $`\cat{S}`$ 上のコンビネータ〈combinator〉とは、$`\cat{S}`$ のホムセットやホムセットの直積を域・余域とする写像の族です。族〈family〉のインデックス〈パラメータ〉としては、色彩的スピシーズの域亜群の対象やワイヤーペアを使います。
例えば、「抽象テンソルシステムは縮約付き色彩的モノイド・スピシーズ」で出てきた縮約コンビネータ〈contraction combinator〉〈縮約オペレータ〉は、次の形の族です。
$`\quad \mathbb{K}^A_{(a\wire b)} : \cat{T}(A) \to \cat{T}(A - \{a, b\}) \In {\bf Set}`$
族のインデックス〈パラメータ〉は、色付き有限集合 $`A`$ と、$`A`$ 内のワイヤーペア $`(a\wire b)`$ です。
テンソル積 $`\odot`$ もコンビネータと考えることができます。$`\odot`$ の代わりに $`\mathbb{P}`$ という記号を使うことにすると、テンソル積コンビネータ〈tensor product combinator〉は、次の形の族です。
$`\quad \mathbb{P}_{A, B}: \cat{T}(A)\times \cat{T}(B) \to \cat{T}(A + B) \In {\bf Set}`$
族のインデックス〈パラメータ〉は、2つの色付き有限集合 $`A, B`$ です。
また、テンソル積コンビネータと縮約コンビネータから定義した結合〈composition〉もコンビネータです。結合コンビネータ〈composition combinator〉 $`\mathbb{C}`$ は、次の形の族です。
$`\quad \mathbb{C}^{A, B}_{(a\wire b)}: \cat{T}(A)\times \cat{T}(B) \to \cat{T}( (A + B) - \{a, b\}) \In {\bf Set}`$
族のインデックス〈パラメータ〉は、2つの色付き有限集合 $`A, B`$ と $`A + B`$ 内のワイヤーペア $`(a \wire b)`$ です。
ひとつの色彩的スピシーズと幾つかのコンビネータ、それらコンビネータ達が満たすべき法則達が、色彩的抽象テンソルシステム〈colorful abstract tensor system〉を構成します。そして、色彩的抽象テンソルシステムは、圏類似代数系〈category-like algebraic system〉の記述・分類・計算の手段となります。
また、色彩的抽象テンソルシステム自体も、色彩的スピシーズを台〈underlying thing〉とする代数系とみなせます。コンビネータ達が台に載った演算達を与えます。台と演算達と法則達からなる構造はまさに代数系です。