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参照用 記事

亜群上の豊穣複グラフ: 豊穣化・基礎強化の例

圏の概念を一般化する方法として、豊穣化と内部化があります。例えば、圏達の圏で豊穣化した豊穣圏は厳密2-圏です。圏達の圏に内部化した内部圏は二重圏です。豊穣化ではホムセットが集合以外のモノになり、内部化では対象集合/射集合が集合以外のモノになります。

最近、豊穣圏と内部圏が混ざったような“圏もどき”に出会いました。ソレを扱うには豊穣化だけでは不十分で、内部化とはズレているので内部化でも片付きません。しばらく考え込んで、構造をベース集合とローカル集合(本文内で説明)に分けるとよさそうだと気付きました。

  • ローカル集合を集合以外のモノにする → 豊穣化
  • ベース集合を集合以外のモノにする → 基礎強化(本文内で説明)

「豊穣化+基礎強化」は、色々な構造に適用できます。この記事では、事例として、複グラフ〈multigraph〉に対して「豊穣化+基礎強化」を適用してみます。亜群 $`\mathcal{G}`$ を頂点亜群とする豊穣複グラフは、$`\mathcal{G}`$-豊穣複加群系列、あるいは(同じことですが)亜群 $`\mathcal{G}`$ の豊穣複表現系列になります。$`\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
%\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}
%\newcommand{\o}[1]{\overline{#1}}
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\id}{\mathrm{id}}
\newcommand{\op}{\mathrm{op} }
\newcommand{\In}{\text{ in } }
\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
\newcommand{\dimU}[2]{{#1}\!\updownarrow^{#2}}
\newcommand{\B}{\boldsymbol{B} }
\newcommand{\ract}{\triangleleft }
\newcommand{\lact}{\triangleright }
\require{color} % 緑色
\newcommand{\Keyword}[1]{ \textcolor{green}{\text{#1}} }%
\newcommand{\For}{\Keyword{For } }%
\newcommand{\When}{\Keyword{When } }%
\newcommand{\Define}{\Keyword{Define } }%
%\newcommand{\Subject}{\Keyword{Subject } }%
`$

内容:

形容詞「複」「多」、それとオペラッド

圏の一般化として、「圏〈category〉 → 複圏〈multicategory〉 → 多圏〈polycategory〉」という列を考えると、概念的にも用語的にもスッキリします。圏の下部構造〈台〉はグラフ〈有向グラフ〉です。複圏、多圏の下部構造を次の表のように呼ぶと、整合性があって気持ちいいですよね。

上部構造 下部構造
グラフ〈graph〉
複圏 複グラフ〈multigraph〉
多圏 多グラフ〈polygraph〉

しかし、僕は(僕だけではなく)この整合的な呼び名を採用することに躊躇してきました。マルチグラフ〈multigraph〉は、グラフ理論では多重辺(2つの頂点間に複数の辺/複数の自己ループ辺)を許すグラフの意味です。ポリグラフ〈polygraph〉は嘘発見器のことです。

もう、次のように割り切りましょう。

  1. 異なる分野で同じ語が違う意味で使われること(用語のコンフリクト)は致し方ない。
  2. テクニカルタームは、辞書的意味と比喩的関係が無くてもかまわない。

多圏の射を polymorphism と呼ぶのが整合的ですが、これも「多相」とかぶるのであまり使われません。「用語のコンフリクトは致し方ない」と割り切れば、射〈morphism〉、複射〈multimorphism〉、多射〈polymorphism〉でスッキリします。現実には、なかなか割り切れないようですが*1

僕は今まで、「オペラッド」は「複圏」の同義語として使ってきました。「それはやめる」と「オペラッドの話」で言いました。理由は、モジュラーオペラッド〈modular operad〉や巡回オペラッド〈cyclic operad〉など、複圏ではないモノもオペラッドと呼ぶので、“圏もどき”はなんでもオペラッドでいいや、という気分になったからです。

ところで、有向グラフを単に「グラフ」と書いてますが、それは「有向」をデフォルトとしているからです。また、単純グラフ(2つの頂点間に高々一本の辺*2)を考えるのは稀なので、デフォルトは単純じゃないとします。デフォルトを考慮すると、グラフに関する呼び名は次のようです。

無向 (有向)
単純 単純無向グラフ 単純グラフ
(単純とは限らない) 無向グラフ グラフ

グラフ

グラフ〈graph〉は次の構成素からなる構造です。

  • 頂点集合〈vertex set | set of vertices〉: $`V \in |{\bf Set}|`$
  • 辺集合〈edge set | set of edges〉: $`E \in |{\bf Set}|`$
  • 辺に始点〈source〉を対応させる写像 : $`\mrm{src} : E \to V\In{\bf Set}`$
  • 辺に終点〈target〉を対応させる写像 : $`\mrm{trg} : E \to V\In{\bf Set}`$

グラフに関する法則・条件は特にありません。グラフは、集合圏における次の図式(のインスタンス)になります。

$`\xymatrix{
E \ar@/^/[r]^{\mrm{src}} \ar@/_/[r]_{\mrm{trg}}
& V
}\\
\In {\bf Set}
`$

図式は関手とも思えるので、グラフのあいだの準同型射は関手のあいだの自然変換として定義します。具体的に書きましょう; 2つのグラフ $`A, B`$ は次のようだとします。

$`\quad A = (V_A, E_A,\mrm{src}_A, \mrm{trg}_A )\\
\quad B = (V_B, E_B,\mrm{src}_B, \mrm{trg}_B )
`$

グラフ $`A`$ から $`B`$ への準同型射は、写像の組 $`(f_V, f_E)`$ で次の図式を可換にするものです。

$`\xymatrix@R+1pc{
E_A \ar@/^/[r]^{\mrm{src}_A} \ar@/_/[r]_{\mrm{trg}_A}
\ar[d]^{f_E}
& V_A \ar[d]^{f_V}
\\
E_B \ar@/^/[r]^{\mrm{src}_B} \ar@/_/[r]_{\mrm{trg}_B}
& V_B
}\\
\text{commutative in }{\bf Set}
`$

名前と書き方を変えて次のようにすると、関手と自然変換である雰囲気が出るかも知れません。

$`\quad {\bf graph} := \left( \xymatrix@1{
E \ar@/^/[r]^{\mrm{src}} \ar@/_/[r]_{\mrm{trg}}
& V
}\right) \;\in |{\bf CAT}|\\
\quad \varphi :: A \twoto B : {\bf graph} \to {\bf Set} \In {\bf CAT}\\
\xymatrix@R+1pc{
A(E) \ar@/^/[r]^{A(\mrm{src})} \ar@/_/[r]_{A(\mrm{trg})}
\ar[d]^{\varphi_E}
& A(V) \ar[d]^{\varphi_V}
\\
B(E) \ar@/^/[r]^{B(\mrm{src})} \ar@/_/[r]_{B(\mrm{trg})}
& B(V)
}\\
\text{commutative in }{\bf Set}
`$

グラフの圏〈category of graphs〉は次のような関手圏(2-圏のホム圏)として定義できます。

$`\quad {\bf Graph} := [{\bf graph}, {\bf Set}] = {\bf CAT}({\bf graph}, {\bf Set}) \; \in |{\bf CAT}|
`$

複グラフ

グラフは、辺の始点も終点も単一の頂点でした。複グラフは、始点が複数ある辺を認めるグラフです。複数ある始点は頂点のリストになります。

複グラフ〈multigraph〉は次の構成素からなる構造です。

  • 頂点集合〈vertex set | set of vertices〉: $`V \in |{\bf Set}|`$
  • 複辺集合〈multiedge set | set of multiedges〉: $`E \in |{\bf Set}|`$
  • 辺に始点リスト〈source list〉を対応させる写像 : $`\mrm{src} : E \to \mrm{List}(V)\In{\bf Set}`$
  • 辺に終点〈target〉を対応させる写像 : $`\mrm{trg} : E \to V\In{\bf Set}`$

複グラフに関する法則・条件は特にありません。複グラフは、集合圏における次の図式(のインスタンス)になります。

$`\xymatrix{
{}
& E \ar[dl]_{\mrm{src}} \ar[dr]^{\mrm{trg}}
\\
\mrm{List}(V)
& {}
& V
}\\
\In {\bf Set}
`$

複グラフの準同型射もグラフの場合と同じです。2つの複グラフ $`A, B`$ は次のようだとします。

$`\quad A = (V_A, E_A,\mrm{src}_A, \mrm{trg}_A )\\
\quad B = (V_B, E_B,\mrm{src}_B, \mrm{trg}_B )
`$

複グラフ $`A`$ から $`B`$ への準同型射は、写像の組 $`(f_V, f_E)`$ で次の図式を可換にするものです。

$`\xymatrix{
{}
& E_A \ar[dl]^{\mrm{src}_A} \ar[dr]_{\mrm{trg}_A}
\ar[dd]^{f_E}
\\
\mrm{List}(V_A) \ar[dd]^{\mrm{List}(f_V)}
& {}
& V_A \ar[dd]^{f_V}
\\
{}
& E_B \ar[dl]^{\mrm{src}_B} \ar[dr]_{\mrm{trg}_B}
\\
\mrm{List}(V_B)
& {}
& V_B
}\\
\text{commutative in }{\bf Set}
`$

関手と自然変換である雰囲気を出すには:

$`\xymatrix{
{}
& A(E) \ar[dl]^{A(\mrm{src})} \ar[dr]_{A(\mrm{trg}) }
\ar[dd]^{\varphi_E}
\\
\mrm{List}(A(V)) \ar[dd]^{\mrm{List}(\varphi_V)}
& {}
& A(V) \ar[dd]^{\varphi_V}
\\
{}
& B(E) \ar[dl]^{B(\mrm{src}) } \ar[dr]_{B(\mrm{trg}) }
\\
\mrm{List}(B(V))
& {}
& B(V)
}\\
\text{commutative in }{\bf Set}
`$

複グラフの圏〈category of multigraphs〉 $`{\bf Multigraph}`$ も、グラフの圏と同様にある種の関手圏として定義できます。

[補足]
「グラフの圏と同様に」と書きましたが、複グラフの場合は集合圏上の自己関手であるリスト関手が入ることで事情は複雑になります。関手としての複グラフの域圏は何か? が問題になります。域圏を指標として記述するなら次のようになるでしょう。

signature Multigraph {
  sort E, V, V'
  operation src : E -> V'
  operation trg : E -> V
  equation V' = L(V)
}

3つのソート(対象を表す記号) E, V, V' を持つ多ソート指標です。L は、ソートからソートを作り出すソートコンストラクタ〈型コンストラクタ〉記号です。等式を使ってますが、V' のところに直接 L(V) を入れてもかまいません。

この指標を解釈・実現する圏は、ソートコンストラクタ記号 L の意味となる自己関手を備えている必要があります。今の場合、記号 L は集合圏上のリスト関手として解釈します。

自然変換としての複グラフの準同型射は、V' = L(V) という制約を保存する自然変換(下図)です。

$`\require{AMScd}
\begin{CD}
A(V') @>{\varphi_{V'}}>> B(V')\\
@| @| \\
\mrm{List}(A(V)) @>{ \mrm{List}(\varphi_{V}) }>> \mrm{List}(B(V))
\end{CD}\\
\text{commutative in }{\bf Set}
`$
[/補足]

豊穣化と基礎強化

圏 $`\cat{C}`$ には、対象集合〈oject set | set of objects〉$`\mrm{Obj}(\cat{C}) = |\cat{C}|`$ と、プロファイル(対象のペア)ごとのホムセット $`\mrm{Hom}_\cat{C}(A, B) = \cat{C}(A, B)`$ があります。圏以外でも、対象集合に相当する集合と、プロファイルごとのホムセットに相当する集合を持つ構造があります。一般用語として、対象集合に相当する集合をベース集合〈base set〉、ホムセットに相当する集合をローカル集合〈local set〉と呼ぶことにします。ローカル〈局所〉と呼んだのは、「局所小圏」のように、「プロファイルごと/ホムセットごと」の意味で「ローカル」を使うことがあるからです。

構造とそのベース集合/ローカル集合の例には次があります。

構造 ベース集合 ローカル集合
対象集合 ホムセット(集合)
グラフ 頂点集合 辺のローカル集合
複グラフ 頂点集合 複辺のローカル集合
オペラッド 色集合 オペセット(集合)
ファミリー インデキシング集合 成分(集合)
指標 ソートの集合 オペレーションのローカル集合

当たり前ですが、これらの例で、対象集合は集合圏 $`{\bf Set}`$ の対象です。ローカル集合も集合圏 $`{\bf Set}`$ の対象です。対象集合/ローカル集合を、集合圏以外の圏の対象に置き換えたらどうなるか? を考えます。

ローカル集合を圏 $`\cat{V}`$ の対象で置き換えることを豊穣化〈enrichment〉と呼びます。圏のホムセットを $`\cat{V}`$ の対象で置き換える豊穣化はよく知られています。このとき使われる圏 $`\cat{V}`$ は豊穣化ベース圏〈enriching category | base of enrichment〉と呼びます。

豊穣化ベース圏は何でもいいというわけではなくて、モノイド構造などが要求されます(目的によりけりですが)。ベナブー・コスモス〈Bénabou cosmos〉ならたいていの用途に間に合います。ベナブー・コスモスとは、完備かつ余完備な対称閉モノイド圏のことです。

ベース集合を圏 $`\cat{B}`$ の対象で置き換えることは基礎強化〈underpinning〉と呼ぶことにします。圏 $`\cat{B}`$ は基礎強化ベース圏〈underpinning category | base of underpinning〉です。構造のベースを $`\cat{B}`$ の対象から選びます。

基礎強化ベース圏は、“圏達の圏”である必要があります。すべての圏達の圏〈2-圏〉$`{\bf CAT}`$ の部分圏ならOKですが、そうでなくても、「Diag構成: 圏論的構成法の包括的フレームワークとして」で述べた編入関手〈incorporation functor〉$`J:\cat{B}\to {\bf CAT}`$ を持てば大丈夫です。ここでは、$`\cat{B}`$ が容易に $`{\bf CAT}`$ の部分圏とみなせる場合を考えます。

構造のベース対象が $`\cat{B}`$ の対象で、ローカル対象達が $`\cat{V}`$ の対象達である場合、$`\cat{B}`$-基礎 $`\cat{V}`$-豊穣構造〈$`\cat{B}`$-underpinned $`\cat{V}`$-enriched structure〉ということにします。先に挙げた例は、$`{\bf Set}`$-基礎 $`{\bf Set}`$-豊穣構造、または(サイズが大きい場合)$`{\bf SET}`$-基礎 $`{\bf Set}`$-豊穣構造です。

例えば小さい圏は、ベース対象(対象達の対象)を $`{\bf Set}`$ から選び、ローカル対象(ホム対象)も $`{\bf Set}`$ の対象となるので、$`{\bf Set}`$-基礎 $`{\bf Set}`$-豊穣圏です。大きい(小さくないかも知れない)対象達の集合を持ち、ホム対象がベクトル空間である豊穣圏は$`{\bf SET}`$-基礎 $`{\bf Vect}_K`$-豊穣圏です -- 通常、$`K`$-線形圏〈$`K`$-linear category〉と呼びます。

構造のベース対象が $`X \in |\cat{B}|`$ である$`\cat{B}`$-基礎 $`\cat{V}`$-豊穣構造を、$`\cat{B}`$ は周知のとき $`X`$上の$`\cat{V}`$-豊穣構造〈$`\cat{V}`$-enriched structure over $`X`$〉と呼びましょう。例えば、$`X`$ 上の$`{\bf Set}`$-豊穣グラフは、頂点集合が $`X`$ である(普通の)グラフです。

亜群上の豊穣複グラフ

この節で亜群上の豊穣複グラフを抽象的に定義します。具体例から知りたい人は、次の節を先に読むといいでしょう。

$`{\bf GRPD}`$ は、大きい(小さいとは限らない)亜群の圏(実際には2-圏になる)だとします。$`{\bf GRPD}\subseteq {\bf CAT}`$ なので、$`{\bf GRPD}`$ は基礎強化ベース圏〈underpinning category〉として使えます。$`\cat{V}`$ はベナブー・コスモス、典型的には集合圏 $`{\bf Set}`$ またはベクトル空間の圏 $`{\bf Vect}_K`$ だとします。

これから、$`{\bf GRPD}`$-基礎 $`\cat{V}`$-豊穣複グラフ〈$`{\bf GRPD}`$-underpinned $`\cat{V}`$-enriched multigraph〉を定義します。複グラフのベース対象、つまり頂点亜群〈vertex groupoid | groupoid of vertices〉は $`\cat{G} \in |{\bf GRPD}|`$ に固定して、$`\cat{G}`$ 上の$`\cat{V}`$-豊穣複グラフ $`M`$ を考えます。

通常の複グラフ $`A = (V_A, E_A, \mrm{src}_A, \mrm{trg}_A)`$ があると、次のようなファミリー〈集合族〉を構成できます。

$`\quad \mrm{List}(V_A)\times V_A \to |{\bf Set}| \In {\bf SET}\\
\quad ( (v_1, \cdots, v_n), w) \mapsto \mrm{Multiedge}_A( (v_1, \cdots, v_n), w)
`$

ここで、$`\mrm{Multiedge}_A( (v_1, \cdots, v_n), w)`$ は与えられた頂点リストと単一の頂点を始点リスト&終点とする複辺の集合です。このファミリー $`\mrm{Multiedge}_A`$ が複グラフ $`A`$ そのものだとも言えます。

頂点集合 $`V_A`$ を離散圏だと思うと、上記のファミリーは次のようにも書けます。

$`\quad \mrm{List}(\dimU{V_A}{1})\times \dimU{V_A}{1} \to {\bf Set} \In {\bf CAT}
`$

ここで、$`\dimU{\hyp}{1}`$ は集合を離散圏とみなす演算子です。詳しくは「圏の次元調整」を参照してください。

$`V_A`$ の代わりに頂点亜群 $`\cat{G}`$ 、$`{\bf Set}`$ の代わりに豊穣化ベース圏 $`\cat{V}`$ を使うと:

$`\quad \mrm{List}(\cat{G}^\op)\times \cat{G} \to \cat{V} \In {\bf CAT}
`$

$`\cat{G}`$ の反対圏が出てきたのが唐突かも知れませんが、さほど深い意味はありません*3。次節で説明します。

$`\mrm{List}(\cat{G}^\op)`$ は亜群のリストです。亜群(より一般に圏)に対して直積と直和は意味を持つので、亜群のリストを作ることはできます。

$`\quad \mrm{List}(\cat{G}^\op) := \sum_{n \in {\bf N}} (\cat{G}^\op)^n \;\in |{\bf GRPD}|`$

自然数 $`n`$ に対して $`\bar{n}`$ を$`n`$個の対象を持つ離散圏だとすると、次のように関手圏の可算直和ともみなせます。

$`\quad \sum_{n \in {\bf N}} (\cat{G}^\op)^n \cong \sum_{n \in {\bf N}} [\bar{n}, \cat{G}^\op] \In {\bf GRPD}`$

$`\mrm{List}(\cat{G}^\op)\times \cat{G}`$ を分配法則で展開すると:

$`\quad \mrm{List}(\cat{G}^\op)\times \cat{G} \cong \sum_{n \in {\bf N}}\left( (\cat{G}^\op)^n \times \cat{G} \right) \In {\bf GRPD}`$

総和の最初のほうの項〈summand〉を書いてみると:

  • $`(\cat{G}^\op)^0 \times \cat{G} = {\bf I} \times \cat{G} \cong \cat{G}`$ ($`{\bf I}`$ は単一の対象に恒等射だけの亜群)
  • $`(\cat{G}^\op)^1 \times \cat{G} \cong \cat{G}^\op \times \cat{G}`$
  • $`(\cat{G}^\op)^2 \times \cat{G} = (\cat{G}^\op \times \cat{G}^\op)\times \cat{G}`$

結局 $`\cat{G}`$ 上の$`\cat{V}`$-豊穣複グラフ $`M`$ は、次のような関手だと定義できます。

$`\quad M: \mrm{List}(\cat{G})\times \cat{G} \cong \sum_{n \in {\bf N}} \left( (\cat{G}^\op)^n \times \cat{G}\right) \to \cat{V} \In {\bf CAT}`$

総和からの関手は、項〈summand〉ごとの関手に分解できます。最初のほうの項に対応するパーツを書いてみると:

  • $`M_0 : \cat{G} \cong (\cat{G}^\op)^0 \times \cat{G} \to \cat{V} \In {\bf CAT}`$
  • $`M_1 : \cat{G}^\op \times \cat{G} \cong (\cat{G}^\op)^1 \times \cat{G} \to \cat{V} \In {\bf CAT}`$
  • $`M_2 : (\cat{G}^\op \times \cat{G}^\op)\times \cat{G} \cong (\cat{G}^\op)^2 \times \cat{G} \to \cat{V} \In {\bf CAT}`$

複グラフ $`M`$ に対して、その頂点亜群〈ベース亜群〈base groupoid〉〉は、(圏と同じ記法で)$`|M|`$ とも書きます。複辺の集合 $`\mrm{Multiedge}_M(\hyp, \hyp)`$ に相当するローカル対象〈local object〉は(これも圏と同じ記法で) $`M(\hyp, \hyp)`$ と書きます。$`(\cat{G}^\op)^n \times \cat{G}`$ に対してローカル対象を与える関手 $`M_n \;(n = 0, 1, \cdots)`$ が決まれば、それだけで豊穣複グラフは決まります。

例: 複線形写像の複グラフ

$`\cat{G}`$ 上の$`{\bf Set}`$-豊穣複グラフは単に $`\cat{G}`$ 上の複グラフと呼びます -- 集合圏は、豊穣化ベース圏のデフォルトだからです。この節では、亜群上の複グラフの具体例を挙げます。

複線形写像の複圏は、典型的で重要な複圏です。この複圏の下部構造〈台〉である複グラフを紹介します。最初は頂点集合上の複グラフとして導入し、すぐに頂点亜群上の複グラフへと基礎強化〈underpinning〉します。

複グラフ $`\mrm{MLin}`$ (multilinear から)は次のように定義します。

  • ベース集合〈頂点集合〉 : $`|\mrm{MLin}| := |{\bf Vect}_K|`$
  • ローカル集合 : ベクトル空間のリストと単一ベクトル空間のペア $`( (V_1, \cdots, V_n), W)`$ に対して、$`\mrm{MLin}( (V_1, \cdots, V_n), W )`$ は複線形写像の集合。

すべての$`K`$-係数ベクトル空間の集合 $`|{\bf Vect}_K|`$ は大きい集合で、複線形写像の集合は小さい集合になるので、複グラフ $`\mrm{MLin}`$ は$`{\bf SET}`$-基礎 $`{\bf Set}`$-豊穣複グラフになります。複グラフは関手の系列とみなせるので、最初のほうのパーツを(簡略化した形で)見ると:

$`\quad \mrm{MLin}_0 : \dimU{|{\bf Vect}_K|}{1} \,\to {\bf Set} \In {\bf CAT}\\
\qquad W \mapsto \mrm{MLin}_0( (), W) = \mrm{Lin}(K, W) \cong W\\
\:\\
\quad \mrm{MLin}_1 : \dimU{|{\bf Vect}_K|}{1}\times\dimU{|{\bf Vect}_K|}{1} \,\to {\bf Set} \In {\bf CAT}\\
\qquad (V, W) \mapsto \mrm{MLin}_1( (V), W) \cong \mrm{Lin}(V, W)\\
\:\\
\quad \mrm{MLin}_2 : (\dimU{|{\bf Vect}_K|}{1})^2 \times \dimU{|{\bf Vect}_K|}{1} \,\to {\bf Set} \In {\bf CAT}\\
\qquad ( (V_1, V_2), W) \mapsto \mrm{MLin}_2( (V_1, V_2), W) \cong \mrm{BiLin}( (V_1, V_2), W)`$

ここで、$`\mrm{Lin}(\hyp, \hyp)`$ は線形写像の集合、$`\mrm{BiLin}( (\hyp, \hyp),\hyp)`$ は双線形写像の集合です。

さてここで、線形同型射の亜群を次にように定義します。

$`\quad {\bf LinIso}_K := \mrm{Iso}({\bf Vect}_K)`$

$`\mrm{Iso}(\hyp)`$ は、圏のすべての同型射からなる亜群(圏のコア亜群とも言います)を作る構成です。$`{\bf LinIso}_K`$ の射である線形同型射はギリシャ文字小文字で表すことにします。例えば:

$`\quad \beta \in {\bf LinIso}_K(W, W')\\
\text{i.e.}\\
\quad \beta : W \to W' \In {\bf LinIso}_K
`$

$`{\bf LinIso}_K`$ の射は、線形変数変換とみなします。複線形写像の入力変数を変数変換することもでき、出力の変換にも使えます。線形変数変換は可逆なので逆変換が可能です。

$`{\bf LinIso}_K`$ は、$`\mrm{MLin}_n`$ に作用します。より詳しく言うと、$`{\bf LinIso}_K`$ は右から作用し、$`({{\bf LinIso}_K}^\op)^n`$ が左から作用します。左右の別は、書き方の約束に依存します。ここでは、右作用に $`\ract`$ 、左作用に $`\lact`$ という別な記号を使います。

$`({{\bf LinIso}_K}^\op)^n`$ の要素を $`\vec{\alpha} = (\alpha_1, \cdots, \alpha_n)`$ のように書きます。$`\vec{\alpha}`$ のすべての成分を逆にしたものを $`\vec{\alpha}^{-1}`$ と書きます。つまり、

$`\quad \vec{\alpha}^{-1} := ({\alpha_1}^{-1}, \cdots, {\alpha_n}^{-1})`$

複線形写像 $`f`$ への線形同型射の左右からの作用は次のように定義します。

$`\For f\in \mrm{MLin}_n( (V_1, \cdots, V_n) , W) \\
\For \vec{\alpha} = (\alpha_1, \cdots, \alpha_n) \in ({{\bf LinIso}_K}^\op)^n\\
\When \vec{\alpha}^{-1},\; f \text{ are composable}\\
\text{i.e.}\\
\quad \alpha_1 : U_1 \to V_1 \In {{\bf LinIso}_K}^\op\\
\quad \cdots\\
\quad \alpha_n : U_1 \to V_n \In {{\bf LinIso}_K}^\op\\
\For \beta \in {{\bf LinIso}_K}^\op\\
\When \beta,\; f \text{ are composable}\\
\text{i.e.}\\
\quad \beta: W \to X \In {\bf LinIso}_K\\
\Define \vec{\alpha} \lact f \ract \beta :=\\
\quad ({\alpha_1}^{-1} \times \cdots \times {\alpha_n}^{-1} ); f ; \beta \;\in
\mrm{MLin}_n( (U_1, \cdots, U_n) , X)
`$

写像としての $`\vec{\alpha} \lact f \ract \beta`$ の作り方は次の(集合圏における)可換図式で示せます。

$`\quad \begin{CD}
V_1 \times \cdots \times V_n @>{f}>> V \\
@A{{\alpha_1}^{-1} \times \cdots \times {\alpha_n}^{-1}}AA @VV{\beta}V\\
U_1 \times \cdots \times U_n @>{\vec{\alpha} \lact f \ract \beta}>> X
\end{CD}\\
\quad \text{commutative in }{\bf Set}
`$

こうして定義された写像が、実際に複線形写像であることは容易に確認できます。

左右の作用を一度に定義してしまいましたが、右作用と左作用を別々に定義することもできます。そのとき、右作用/左作用として要求される性質は次のように書けます。

$`\quad (f\ract \beta )\ract \beta' = f \ract (\beta ; \beta')\\
\quad f\ract \id = f\\
\quad \vec{\alpha'} \lact (\vec{\alpha} \lact f ) = (\vec{\alpha'} \hat{;} \vec{\alpha}) \lact f \\
\quad \vec{\id} \lact f = f
`$

ここで、$`\hat{;}`$ は $`({{\bf LinIso}_K}^\op)^n`$ の結合です。$`\id, \vec{\id}`$ の意味は明白でしょう。

$`\vec{\alpha}`$ を左から作用させるとき、わざわざ成分ごとの逆をとっているのはなぜか? と訝しく思うでしょう。群の内部自己同型写像や、線形フレーム(順序付き基底)による線形写像の表示などと記法を揃えるためです。逆をとったり反対圏を使うのが必須なわけでもないのですが、類似の概念達との連絡は良くなります。

複加群系列としての複グラフ

亜群 $`\cat{G}`$ 上の複グラフ $`M`$ は、定義(前々節)により関手の系列でした。豊穣化ベース圏が集合圏 $`{\bf Set}`$ の場合を考えると:

$`\quad M_0 : \cat{G} \to {\bf Set} \in {\bf CAT}\\
\quad M_1 : \cat{G}^\op \times \cat{G} \to {\bf Set} \in {\bf CAT}\\
\quad M_2 : (\cat{G}^\op \times \cat{G}^\op)\times \cat{G} \to {\bf Set} \in {\bf CAT}\\
\quad \cdots
`$

$`M_n`$ を複グラフの$`n`$項部分〈n-ary part〉と呼ぶことにして、「左加群は前層、右加群は余前層、双加群はプロ関手」で述べた内容に基づくと、次のように言えます。

  • $`M`$ の0項部分は、$`\cat{G}`$上の余前層、あるいは右$`\cat{G}`$-加群である。
  • $`M`$ の1項部分は、$`\cat{G}`$ から $`\cat{G}`$ へのプロ関手、あるいは$`(\cat{G}, \cat{G})`$-双加群である。

一般に、複数の圏 $`\cat{C}_1, \cdots, \cat{C}_n`$ が左から作用し、$`\cat{D}`$ が右から作用する集合族を $`( (\cat{C}_1, \cdots, \cat{C}_n), \cat{D})`$-複加群〈$`( (\cat{C}_1, \cdots, \cat{C}_n), \cat{D})`$-multimodule〉と呼ぶと:

  • $`M`$ の2項部分は、$`( (\cat{G}, \cat{G}), \cat{G})`$-複加群である。

左右から作用する圏がすべて同一のとき $`\cat{G}\text{-}(n, 1)`$-複加群〈$`\cat{G}\text{-}(n, 1)`$-multimodule〉と言えば:

  • $`M`$ の0項部分は、$`\cat{G}\text{-}(0, 1)`$-複加群である。
  • $`M`$ の1項部分は、$`\cat{G}\text{-}(1, 1)`$-複加群である。
  • $`M`$ の2項部分は、$`\cat{G}\text{-}(2, 1)`$-複加群である。

一般には:

  • $`M`$ のn項部分は、$`\cat{G}\text{-}(n, 1)`$-複加群である。

圏が作用する加群は、モノイドや群の表現の一般化でもあるので、次のようにも言えます。

  • $`M`$ のn項部分は、$`\cat{G}`$ の$`(n, 1)`$-複表現である。

複グラフの概念も複加群の概念も、豊穣化ベース圏 $`\cat{V}`$ に対して豊穣化できます。例えば前節の複線形写像の複グラフは、圏 $`{\bf Vect}_K`$ を豊穣化ベース圏として容易に豊穣化できます。豊穣複グラフに関しては次のように言えます。

  • 豊穣複グラフ $`M`$ のn項部分は、$`\cat{G}\text{-}(n, 1)`$-豊穣複加群である。

あるいは:

  • 豊穣複グラフ $`M`$ のn項部分は、$`\cat{G}`$ の$`(n, 1)`$-豊穣複表現である。

*1:僕も割り切れなくて、グラフに箙〈えびら〉という言葉を使っていました。「形容詞「複」「多」と箙〈えびら〉」参照。

*2:自己ループ辺も許さない、という定義もあります。

*3:最初の定義は反対圏を使わない形にして、必要なときに反対圏に切り替えるほうがいいかも知れません。