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参照用 記事

一点での接ベクトルをハッキリさせよう: 三種類の定義

多様体の一点での接ベクトルを定義する方法が幾つかあります。微分作用素としての定義は以前述べました。その他の方法二種類も記しておきます。

内容:

三種類の接ベクトルの定義

この記事に出てくる多様体写像は、すべてなめらかだとします(いちいち「なめらかな」と書きません)。Mはn次元の多様体で、p∈M とします。

点pにおける接ベクトルの定義として、主に、次の三種類が使われます。

  1. 座標依存方式
  2. 曲線方式
  3. 微分作用素方式

好みと目的により使い分けるので、三種類のあいだに優劣はありません。僕の好みは微分作用素方式なので、それについては「微分ライプニッツ法則に支配されている」シリーズで述べています。

微分作用素方式の接ベクトルの定義を要約すれば、

  • TpM := Der(CGerm(M, p)/R, R)

です。記号の意味は:

  1. TpM は、点pにおける接ベクトル空間
  2. Der(A/K, B) は、可換環K上の相対可換環 A/K と B/K があるときの、AからBへのK-導分の全体からなる A/K-加群
  3. CGerm(M, p) は、多様体M上の点pにおける関数ジャームのR-相対可換環
  4. R = R/R は、Rを自明にR-相対可換環と考えたもの

この定義には代数的準備が要るので、とっつきにくく回りくどい印象は否めません。

残り二つの方式を要約すると、

  • TpM := (Rn×CentChart(M, p))/~JE (座標依存方式)
  • TpM := CentCurve(M, p)/~VE (曲線方式)

です。記号の意味は:

  1. CentChart(M, p) は、多様体Mの点pを中心とする中心付きチャート〈centered chart〉(後述)の集合
  2. JE は、集合 (Rn×CentChart(M, p)) 上の同値関係で、ヤコビ行列同値〈Jacobian equivalence〉(後述)
  3. CentCurve(M, p) は、多様体Mの点pを通る中心付き曲線〈centered curve〉(後述)の集合
  4. VE は、集合 CentCurve(M, p) 上の同値関係で、速度同値〈velocity equivalence〉(後述)

座標依存方式

多様体のチャートについては「古典的微分幾何・ベクトル解析のモダン化: 局所座標って何だ?」を参照してください。「チャート」と「局所座標」は同義語です。Mのチャート x は、MからRn への部分写像 x:M⊇→Rn だとします。ただし、xの定義域〈domain of definition〉はMの開集合で、像への制限(「微分幾何におけるヤコビ行列の書き方: 因習の擁護 // 用語と記法の準備:略記がたくさん」参照)x|im(x) が可逆(微分同相)です。次の略記を許します。

  • x-1 := (x|im(x))-1 (略記)

チャート x の定義域であるMの開集合を ddef(x) と書きます。M⊇ddef(x) \cong im(x)⊆Rn微分同相)です。

以上の設定で、三つ組 (v, p, x) ∈Rn×M×Chart(M) を考えます。三つ組 (v, p, x) が次の条件を満たすとき、座標依存方式における「点pにおける接ベクトル」だとします。

  1. p∈ddef(x)
  2. x(p) = 0 (0∈Rn

この条件を満たす三つ組 (v, p, x) を、v@p/x (v at p by x)と書くことにします。

v@p/x の定義をわずかに簡略にするために、中心付きチャートを導入しましょう。中心付きチャート〈centered chart〉とは、(p, x)∈M×Chart(M) で次の条件を満たすものです。

  1. p∈ddef(x)
  2. x(p) = 0 (0∈Rn

pをxの中心〈center〉と呼びます。pを中心とする中心付きチャートの全体を CentChart(M, p) とします。すると、

  • v@p/x = (v, (p, x)) ∈Rn×CentChart(M, p)

とみなせます。

x, y∈Chart(M) に対して、y\circx-1 は部分写像としての逆(すぐ上で略記として定義)と部分写像としての結合(結合できるところだけ結合)で定義します。すると:

  • y\circx-1:Rn⊇→Rn (部分写像として部分可逆)

特に、 x, y∈CentChart(M, p) ならば、y\circx-1 は原点の周りの開集合で定義されるので、ヤコビ行列〈導関数〉と“ヤコビ行列の原点での値”〈微分係数〉も定義されます。(ヤコビ行列のもう少し詳しいことは「微分幾何におけるヤコビ行列の書き方: 因習の擁護 // ヤコビ行列」参照。)

  • J(y\circx-1):Rn⊇→Mat(n, n) (Mat(n, n) はn次正方行列の集合)
  • J|0(y\circx-1) = (J(y\circx-1))(0) ∈Mat(n, n)

以上でヤコビ行列の定義ができたので、集合 Rn×CentChart(M, p) 上の同値関係 ~JE を定義します。v@p/x ~JE w@q/y とは次の条件を満たすことです。(JE は Jacobian equivalence から。)[追記]以下で、w = (J|0(y\circx-1))v と書いてあったところを w = (J|0(y\circx-1))v に修正しました。右肩の'◁'は、逆行列です。逆写像との混同を避けるために'◁'を使いました。[/追記][さらに追記]気の迷いでした。もとに戻しました。「反変ベクトル」とかいう言い方に惑わされて混乱・錯乱することが僕はあります。[/さらに追記]

  1. p = q
  2. w = (J|0(y\circx-1))v (並置は行列の掛け算、vは縦に書く)

JE が実際に同値関係であるためには、次が必要です。

  1. v@p/x ~JE v@p/x
  2. v@p/x ~JE w@q/y ならば、w@q/y ~JE v@p/x
  3. v@p/x ~JE w@q/y かつ w@q/y ~JE u@r/z ならば、v@p/x ~JE u@r/z

一番目は自明、二番目は逆関数微分公式から、二番目は合成関数〈関数の結合〉の微分公式から出ます。

先程、v@p/x を「点pにおける接ベクトル」だと言いましたが、正確には「点pにおける接ベクトルの代表元」で、ほんとの接ベクトルは、商集合 Rn×CentChart(M, p)/~JE の要素です。

伝統的な接ベクトルの定義で、「実数のタプルであって、座標変換に対してナンタラカンタラ」というスタイルのがありますが、これは、JE(ヤコビ行列同値)の同値類を接ベクトルと呼ぼう、と言っているわけです。

曲線方式

実数の開区間から多様体Mへの写像曲線〈curve | path〉と呼びます。実数変数を時間変数とみると、(質点の)運動〈motion〉と呼んだほうが適切な気がします。(が、「曲線」を使います。)

曲線αの定義域が、正実数εを使って (-ε, ε) と書けるとき、αを中心付き曲線〈centered curve〉と呼ぶことにします。中心とは0(基準時刻)のことです。さらに、α(0) = p であるような中心付き曲線の全体を CentCurve(M, p) とします。

集合 CentCurve(M, p) 上の同値関係 ~VE を定義します。α ~VE β とは次の条件を満たすことです。(VE は velocity equivalence から。)

  • 適当な中心付きチャート x∈CentChart(M, p) があって、J|0(x\circα) = J|0(x\circβ)

ここで、x\circα, x\circβ は、もとの定義域より小さくなるかもしれませんが、時刻0(実数)の周りの開区間で定義されています。よって時刻0でのヤコビ行列は定義されます。ここでのヤコビ行列は縦の一列行列なのでRnの要素と同一視可能です。

この定義には「適当な中心付きチャート x」が含まれるので、xのとり方に依らずに α ~VE β かどうかが決まることを示す必要があります。

  • とある中心付きチャートxについて α ~VE β ならば、別な中心付きチャートyについても α ~VE β 。

同値関係を定義する(真偽を決定する)段階では中心付きチャートを使いますが、その選び方は何でもいいので、同値関係の定義自体は選んだチャートに依存しません。

さらに、~VE が実際に同値関係であるためには、次が必要です。

  1. α ~VE α
  2. α ~VE β ならば、β ~VE α
  3. α ~VE β かつ β ~VE γ ならば、α ~VE γ

適当な中心付きチャートを選んで計算すればよいので、~JE のときと同様に、ユークリッド空間の微分計算に帰着されます。

曲線方式の接ベクトルとは、一点pを通る曲線達の同値類となります。同値類を決める同値関係は「点pでの速度ベクトルが等しい」と定義されます。速度ベクトルとは接ベクトルなので循環しているように思えますが、「点pでの速度ベクトルが等しい」の定義をユークリッド空間に持ち込んでしまうので循環はしていません。

相互関係

今回、座標依存方式と曲線方式を説明し、微分作用素方式は過去の記事で説明したので、三種類の方式を紹介し終わりました。しかし、それぞれをバランバランに定義しただけで、相互関係は述べていません。

三種類の定義が同値であることはそれほど難しくはないでしょう。どの方式であっても、接ベクトルはチャートによって成分表示ができます。同じ成分表示どうしが互いに対応するような写像を作れば、((Rn×CentChart(M, p))/~JE) \cong (CentCurve(M, p)/~VE) \cong Der(CGerm(M, p)/R, R) を示せます。

参照した過去記事:

  1. 古典的微分幾何・ベクトル解析のモダン化: 局所座標って何だ?
  2. 微分はライプニッツ法則に支配されている 3/3: 領域導分と接ベクトル場
  3. 接ベクトル場の定義:補遺
  4. 微分幾何におけるヤコビ行列の書き方: 因習の擁護