今週は、デイヴィッド・スピヴァックの考え・思いを勝手に憶測して説明してみる、という余計なお世話な記事を並べています(来週以降も続くかも)。それで、スピヴァックがやたらに名前を出すグロタンディーク(Grothendieck)のこと。
以下の2つのスライド、あるいは他の著作物でもグロタンディーク構成はしょっちゅう出てきます。
- Databases are categories (http://math.mit.edu/~dspivak/informatics/talks/galois.pdf)
- Databases are Categories II (http://math.mit.edu/~dspivak/informatics/talks/refinements_and_extensions.pdf)
実際にグロタンディーク構成を使っているのは、例として、RDF(Resource Description Framework)トリプルを取り上げているところだけです。この例では、グロタンディーク構成とは言いながら特殊なもので、集合の個々の要素を圏の対象とみなすだけです。これは、具体的な絵でも描けば説明できる話で、別にグロタンディーク構成なんて言わなくてもいいだろう、と思います。
じゃあ、スピヴァックはカッコつけのペダンティストなのか、というと、そうではないでしょう。彼の問い合わせ理論では、その基本部分で、グロタンディーク構成とそれに関連する概念を使っています。
- Database queries and constraints via lifting problems (http://arxiv.org/abs/1202.2591)
スキーマS上のデータベースインスタンス F:S→Set を、グロタンディーク構成によりグロタンディーク・ファイブレーション(ファイバー付き圏; fibred/fibered category)に直しています。データベースインスタンスの全体を、関手圏 [S, Set] と見る立場と、ベース圏(インデキシング圏)S上のファイブレーション全体の圏 Fib(S) と見る立場を使い分けたり同時に使ったりしているのです。
スキーマSは、スキーマ全体からなる圏(ドクトリン)Schの対象です。S |→ [S, Set] 、または S |→ Fib(S) という対応は、射(自然変換)も含めたSch全体に広げることができて関手性を持ちます。これらの“関手”の値はどの圏に入るのか?というと、小さい圏の圏Catには収まりません。必ずしも小さいとは限らない圏の圏CATが必要です*1。
巨大な圏CATのサイズの問題を棚上げすれば、[-, Set]:Sch→CAT、Fib(-):Sch→CAT という大掛かりな関手が定義できます。さらには、SchもCATも2-圏なので、これらの関手は2-関手になっています。関手圏(インデックス付き圏)とファイブレーションは、圏CATのなかで相互に移りあえるので、[-, Set] と Fib(-) は同値(自然同型)な関手となります。この同値を与えているのがグロタンディーク構成です。
[追記]そういえば、圏の圏、圏の圏の圏などを扱う手法がありますね、それは …… グロタンディーク宇宙。[/追記]
[-, Set] も Fib(-) も、Sch→CAT という関手です。域である圏Schは、小さな圏の圏Catの部分圏(とみなせるもの)でした。そこで、[-, Set] と Fib(-) に共通する性質を抽象した関手 D:A→CAT を考えます。圏AはCatの部分圏で、スキーマのドクトリンSchのめぼしい性質を(公理として)持ち、関手(実際には2-関手)Dは、[-, Set] と Fib(-) に共通の性質を持つように定義します。
2-圏Aと2-関手 D:A→CAT が満たす性質(公理)を書き下すことはしませんが、そのような概念的装置はderivatorと呼ばれます。このderivatorを発明したのは誰かというと …… またしてもグロタンディークです。derivatorの研究者であるジョルジュ・マルツィニョティス*2(Georges Maltsiniotis, http://www.math.jussieu.fr/~maltsin/)のサイトに、"a text written by Alexander Grothendieck between October 1990 and the middle of 1991." (http://www.math.jussieu.fr/~maltsin/groth/Derivateursengl.html) が掲載されています。
"derive"という語から、導来圏(derived category)を連想しますが、実際にderivatorと導来圏は関係します。「導来圏と蓬来軒」から引用すると:
上原北斗さんの記事「速習! 導来圏」によると、導来圏も新しいものではなくて「1960年代にGrothendieckと彼の学生Verdierによって導入された概念である」と。これもグロタンディークかよ、って感じです。
derivatorの提案は1990年頃なので導来圏よりかなり後になります。なんでも、導来圏/三角圏の問題点を解決するためにderivatorが導入されたようです。ものすごく一般的な(コ)ホモロジー理論のような印象もあります(よく分からんけど)。
スピヴァックは、彼の関手データモデルの枠組みとしてderivatorを意識しているのでしょう。ひょっとして(単なる憶測ですが)、データマイグレーション関手のアイディアの源泉は、derivatorの順像関手(direct image functor)かもしれません。「関手データモデル入門 4:ためらってしまう心を取り除く」で、
最近僕は、導来圏/導来関手、ホモトピー・カン拡張など、自分とは何の縁も接点もないと思っていた概念が、実務上も使えるんじゃなかろうか、という気分がしてます。
と述べたのはこういう背景です。
さて、スピヴァックの定式化では、スキーマS上のインスタンスの全体は [S, Set] なので、反変共変の向きを気にしないなら、S上の(集合値)前層の圏になっています。よって、スキーマS上のデータモデル(インスタンスの全体)の圏は Presheaf(S) と書いてもいいでしょう。前層の圏 Presheaf(S) はトポスになりますが、この事実の発見者もグロタンディークで、前層によって実現されるトポスはグロタンディークトポスと呼ばれています。スピヴァックの「型システムとデータベースの統合」では、グロタンディークトポスが使われています。
「前層が層である」という主張に意味を与えるためには、圏Sに“位相”が必要になります。個別のSよりは、スキーマの全体の圏Schに“位相”を入れたほうがいいかもしれません。圏に対して与える“位相”をグロタンディーク位相と呼びます。グロタンディーク位相を持つ圏がグロタンディークサイトです。スピヴァックがグロタンディーク位相に言及している例を見つけてないのですが、考えてないはずはない、という気がします。
ここまでの文章を見れば、ごらんのとおりのグロタンディークまみれ。スピヴァックがなにかとグロタンディークになってしまうのも、ある意味当然なのです。
*1:安全のために、Catで収まる範囲で考える方法もあります。nLabの定義はCatを使っています。
*2:http://ja.forvo.com/search/Georges/ と http://ja.forvo.com/search/Maltsiniotis/ を参照してカタカナ書きにしました。