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参照用 記事

ド・ラーム復体とホモトピー

「ド・ラーム・コホモロジーホモトピー不変量だ」と言われます。これはいったいどういう意味なんでしょう? 「ホモトピー」が色々な意味で使われ過ぎていて何だかヨクワカリマセン。事情をハッキリさせましょう。

※ 言葉と表記に関する注意: 英単語の語尾をカタカナ書きに反映させるのは嫌いなんですが、「ホモトピー」「ホモトピック」「ホモトピカル」が全部違う意味なので、致し方なく書き分けます。通常は「ホモトピー☓☓☓」というところを「ホモトピック☓☓☓」と書いている場合があります。例えば「ホモトピック関係」。同綴同音異義語をなるべく避けるためです。

内容:

ホモトピー圏とホモトピカル圏

ホモトピー圏〈homotopy category〉とホモトピカル圏〈homotopical category〉って違う意味なんですよね。これ、僕は混同・混乱してました。nLab項目は:

ホモトピカル圏は、構造付き圏の種類です。通常の圏Cに部分圏 WC が指定された構造 (C, W) です。部分圏Wには次の2つの条件が付きます。

  1. すべての恒等射はWに含まれる。
  2. 2-out-of-6-条件〈2-out-of-6-property〉を満たす。

ホモトピカル圏は、弱同値を持つ圏〈category with weak equivalences〉とほぼ同じです。

弱同値を持つ圏もペア (C, W) で、部分圏Wに次の2つの条件を要求します。

  1. すべての同型射はWに含まれる。
  2. 2-out-of-6-条件を満たす。

ホモトピカル圏と弱同値を持つ圏は、さほどの違いはありません。ホモトピカル圏は定義より弱同値を持つ圏になります。

もっとゆるい条件の構造付き圏は相対圏〈relative category〉です。

相対圏 (C, W) のWは広い部分圏〈wide subcategory〉なら何でもかまいません。「広い」が満たされなくても、対象と恒等射を足せばいいだけなので、Wは事実上無条件です。

一方のホモトピーは、なんか特定の圏や圏の種類ではなくて、圏に圏を対応させる関手のたぐいです。ホモトピカル圏/弱同値を持つ圏/相対圏を C = (C, W) と記号の乱用で表記して、に含まれる射をすべて可逆射とみなした圏が Ho(C) = Ho(​(C, W)) です。Ho(-) によるCの値を“Cホモトピー圏”と呼んでいます。

Ho(C) は、C[W-1] とか W-1C とか書かれるときもあり、CWによる局所化〈localization〉とも呼ばれます。ホモトピー圏と局所化された圏は同じことです。

鎖復体のホモトピー圏はホモトピー圏ではない

次数が下がる境界作用素を備えたベクトル空間(または加群)の列を鎖復体〈chain complex〉、次数が上がる余境界作用素を備えたベクトル空間の列を余鎖復体〈cochain complex〉と呼びます。ただし、余鎖復体も鎖復体と呼ぶことが多いです*1

実数係数のベクトル空間と線形写像の列である鎖復体の圏を Ch(R-Vect)、余鎖復体の圏を Ch(R-Vect) と書くことにします。ここでは主に余鎖復体の圏 Ch(R-Vect) を扱いますが、余鎖復体を鎖復体とも呼びます(困った習慣だけど、そう呼ぶのよ)。

圏 Ch(R-Vect) のホムセットごとに、鎖ホモトピック〈chain homotopic〉(余鎖ホモトピックというべきだが)という同値関係が入り、各ホムセットごとにその同値関係の商集合を取ってできる圏を K(R-Vect) と書いて、(鎖復体の)“ホモトピー圏”と呼びます。が、前節で定義したホモトピー圏とは違います。ここでは区別してホモトピー商圏〈homotopy quotient category〉と呼ぶことにします。ホモトピー商(ホモトピック関係による商集合達)を作る操作は、ホムセットに同値関係(圏論的合同)がある圏に対する操作になります。

ホモトピー圏=圏の局所化を作るときは、形式的な逆射を追加してますが、ホモトピー商を作るときは、同値関係で同一視して射を束ねています。圏を作る方法が違います*2

位相空間の圏Topに対しても、通常の、連続写像のホモトピック関係を使ってホモトピー商圏を作れます。一般に、C = (C, ~) をホムセットごとの同値関係(圏論的合同)を備えた圏として、商圏を Quo(C) = Quo(​(C, ~)) とすると、次が言えます。

  • K(R-Vect) := Quo(​(Ch(R-Vect), ~ch)) (~ch は鎖ホモトピック関係)
  • hTop := Quo(​(Top, ~h)) (~h連続写像のホモトピック関係)

K(R-Vect) や hTop を作るときに圏の局所化は関わってなくて、圏の商を取っているだけです。ド・ラーム復体とホモトピーとの関係では、とりあえずはホモトピー商圏だけが問題になります(後々はホモトピー圏も関係しますが)。

今定義したホモトピー商圏hTopのこともホモトピー〈homotopy category〉と呼ぶことがあるようです。Wikipedia項目 Homotopy category では、ホモトピー商圏hTopは素朴ホモトピー圏〈naive homotopy category〉と呼んでいます。ややこしいなー、もう。

多様体の圏のホモトピー商圏

Man を(なめらかな)多様体の圏とします。境界の扱いが不明ですから、右下添字で区別することにします。

右下添字がないときのデフォルトはケースバイケースで決めることにします。ここでは、Man := Manb とします。

連続写像のホモトピック関係でホムセットごとに商を取った圏が hTop := Quo(​(Top, ~h)) でしたが、同様にして hMan := Quo(​(Man, ~sh)) が定義できます。ここで、~sh はなめらかな写像のあいだのなめらかなホモトピック〈smooth homotopic〉関係です。

hManの構成には若干の問題があるので、それを述べます。

f, g:M → N in Man のとき、fとgを結ぶホモトピーHは、H:M×[0, 1] → N in Man と定義されるはずですが、実際には定義できません。圏 Mannb, Manb のなかでは区間 [0, 1] との積は定義できません。M∈|Mannb| なら M×[0, 1]∈|Manb|、M∈|Manb| なら M×[0, 1]∈|Manc| で、Mが居た圏からはみ出す可能性があります。

これは、柱体 M×[0, 1] を構成するときだけ一時的に広い圏 Manc で考える、という例外的規約で対処することにします。ご都合主義的ですが、別に問題はないでしょう。

f, g, h:M → N in Man のとき H::f ⇒ g, J::g ⇒ h とします。これは、Hはfからgへのホモトピー、Jはgからhのホモトピー、という意味です。2つのホモトピー H, J を結合してfからhへのホモトピーを構成したいとき、結合したホモトピー K::f ⇒ h がなめらかかどうかが問題です。一般には、繋ぎ目でなめらかさが保証できません。

ホモトピー H::f ⇒ g, J::g ⇒ h, K::f ⇒ h に対して全域的なめらかさを要求せずに、連続で区分的になめらかでよいとするのも一案です。が、“区分的になめらか”の定義をする必要があります。好みの問題に過ぎませんが、僕は“区分的になめらか”を採用したくありません。

別な方法として、H:M×[0, 1] → N の区間 [0, 1] を時間とみて、変形開始時 0 ≦ t < ε と 変形終了時 1 - ε < t ≦ 1 は“動かない”と定義します。具体的には:

  • 適当な正実数 0 < ε < 1/2 があって、
  • 0 ≦ t < ε ならば、任意の点 x∈M に対して H(x, t) = H(x, 0)
  • 1 - ε < t ≦ 1 ならば、任意の点 x∈M に対して H(x, t) = H(x, 1)

変形の最初と最後は止まっているわけです。

最初と最後は止まっているなめらかなホモトピーを使って、2つのなめらかな写像 f, g:M → N in Man のあいだのホモトピック〈homotopic〉関係を定義できます。ホモトピック関係は、ホムセット Man(M, N) = C(M, N) 上の同値関係になります。同値関係であるホモトピック関係が、圏の結合と整合的であること(圏論的合同であること)が確認できるので、商圏 hMan := Quo(​(Man, ~sh)) が構成できます。hManが、Manホモトピー商圏です。

Manと圏hManは対象を共有し、各ホムセットごとに商集合への射影を考えると、全体として関手 Q:ManhMan が構成できます。定義の仕方から、Qは対象上で恒等な充満関手〈identity-on-object full functor〉です。f∈Man(M, N) に対する Q(f)∈QMan(M, N) は、なめらかな写像fのホモトピック類〈homotopic class〉(通常、ホモトピー類という)です。これを「ホモトピー同値類」と言うと(まったく正しい呼び名ですが)、誤解の原因になるかも知れません(次段落)。

2つの多様体 M, N∈|Man| がホモトピー同値〈homotopy equivalent〉だとは、なめらかな写像 f:M → N, g:N → M があって、次が成立することです。

  • f;g ~sh idM on Man(M, M)
  • g;f ~sh idN on Man(N, N)

ホモトピー同値は、(大きな)集合 |Man| の上の同値関係です。2つの多様体 M, N のホモトピー同値を与える写像の組 (f, g) もホモトピー同値〈homotopy equivalence〉と呼びます。英語だと "equivalent" が形容詞で、"equivalence" が名詞です。

Manにおけるホモトピー同値は、ホモトピー商圏hManでは単に対象の同型のことです。

紛らわしい言葉が多いので、まとめておきます。

  1. (なめらかな)ホモトピー: H:M×[0, 1] → N in Manc という(なめらかな)写像。最初と最後は“止まっている”。
  2. (2つの写像が)ホモトピック:H(x, 0) = f(x), H(x, 1) = g(x) となるホモトピーがあるとき、fとgはホモトピック。ホモトピック関係は、Manのホムセット上の同値関係。
  3. (2つの多様体が)ホモトピー同値: ホモトピックな意味で(up-to-homotopyで)互いに逆な写像で繋がっていること。
  4. ホモトピー同値写像): 2つの多様体ホモトピー同値を与える写像のペア、またはペアの片一方。
  5. Manの)ホモトピー商圏: この節で定義したhManWikipediaの用語では素朴ホモトピー圏。
  6. ホモトピー: 前節参照。
  7. ホモトピカル圏: 前節参照。

鎖復体の圏のホモトピー商圏

通常、鎖復体のホモトピー圏と呼ばれている圏は、最初の節の意味でのホモトピー圏(局所化した圏)ではありません -- ホモトピー商圏です。前節で定義した多様体の圏のホモトピー商圏とほぼ並行に定義できます。

多様体の圏 鎖復体の圏
多様体 鎖復体(余鎖復体)
なめらかな写像 鎖復体射〈鎖写像 | 鎖射〉
なめらかなホモトピー ホモトピー
2つの写像がホモトピック 2つの鎖復体射が鎖ホモトピック
ホモトピック関係による商圏 鎖ホモトピック関係による商圏

圏 Ch(R-Vect) の鎖ホモトピック関係による商圏を、習慣として K(R-Vect) と書くのでした。

多様体の圏とは少し違うのは、ヌルホモトピック〈null homotopic | ゼロホモトピック〉という概念が定義できることです。鎖復体の圏 Ch(R-Vect) のホムセットはベクトル空間なので*3、各ホムセットごとにゼロベクトルがあります。f∈Ch(R-Vect)(C, D) が f ~c 0 のとき、fはヌルホモトピックだといいます。

鎖ホモトピックでホムセットの商集合をとるとき、ホムセットがベクトル空間であることからヌルホモトピックな要素からなる部分ベクトル空間に関して商ベクトル空間を作ると考えたほうが分かりやすいかも知れません。

  • Ch(R-Vect)(C, D)/~c = Ch(R-Vect)/Null(C, D)

Null(C, D) はヌルホモトピックな要素(鎖復体射)からなる部分ベクトル空間です。

ド・ラーム復体となめらかなホモトピー/鎖ホモトピー

ド・ラーム・コホモロジーの、コホモロジーを取る前の鎖復体(実際は余鎖復体)をド・ラーム復体〈de Rham complex〉といいます。ド・ラーム復体のレベルで既に、ホモトピー*4との整合性は成立しています。

多様体にド・ラーム復体を対応付ける反変関手を CDR:Man → Ch(R-Vect) とします。この関手がホモトピー商構成と整合的だということは、次の図式が可換になるような“対象上で恒等な反変関手” HCDR が存在することです。

\require{AMScd}
\begin{CD}
{\bf Man} @>{C_{\mathrm{DR}} }>>    Ch^\bullet ({\bf R}\mbox{-}{\bf Vect}) \\
@V{Q}VV                             @VV{Q}V\\
{\bf hMan} @>{HC_{\mathrm{DR}} }>>  K^\bullet ({\bf R}\mbox{-}{\bf Vect})
\end{CD}

ここで、Man と Ch(R-Vect) は同値関係(圏論的合同)を持つ圏と考えているので、より正確に書けば次のようです。

\require{AMScd}
\begin{CD}
({\bf Man},\sim_{sh}) @>{C_{\mathrm{DR}} }>>    (Ch^\bullet ({\bf R}\mbox{-}{\bf Vect}), \sim_{ch}) \\
@V{Q}VV                             @VV{Q}V\\
Quo( ({\bf Man},\sim_{sh}) ) @>{HC_{\mathrm{DR}} }>>  Quo( (Ch^\bullet ({\bf R}\mbox{-}{\bf Vect}), \sim_{ch}) )
\end{CD}

CDR も HCDR も対象上で恒等な関手なので、ホムセットごとに議論すればすみます。ホムセット Man(M, N) と Ch(R-Vect)(CDR(N), CDR(M)) で考えて、次が成立すればいいわけです。

  • f ~sh g on Man(M, N) ならば、CDR(f) ~ch CDR(g) on Ch(R-Vect)(CDR(N), CDR(M))

これを示すには幾つかの手順を経る必要があります。これが示せれば、多様体の圏と鎖復体の圏を、それぞれのホモトピー商圏に置き換えても、ド・ラーム復体関手はホモトピー商圏のあいだの関手としてwell-definedなことが分かります。

鎖復体のコホモロジーは、鎖ホモトピー同値な別な鎖復体に対して同一になります。したがって、ホモトピー同値な2つの多様体のド・ラーム・コホモロジーは一致します。このことから、ド・ラーム・コホモロジーは(他のコホモロジーでもそうですが)多様体に対して定義されているというより、多様体ホモトピー同値類(|Man| 上の同値関係の同値類)に対して定義されているといえます。

*1:この記事では鎖復体と呼んでますが、単に復体〈complex〉とも呼びます。

*2:違う構成法で作った圏が圏同値になることはあります。

*3:整数で番号付けられたベクトル空間の列ですが、それらを直和で寄せ集めて単一のベクトル空間を作ることができます。

*4:ここでの「ホモトピー」の意味は漠然としていて、圏Manや圏Ch(R-Vect)が持つホモトピー的構造くらいの意味です。