かなり気に入ったんだよね、マリオス微分幾何。
やはり、共変微分の議論はすごくラクチンです。共変微分の全体が、加群の足し算作用によるアフィン構造を持つことが明確に分かります。
内容:
言葉の問題
ベクトル層、主層
マリオス達が使っている「ベクトル層」「主層」という言葉は、「ベクトルバンドル←→ベクトル層」「主バンドル←→主層」という対応があり便利です。が、この用語法を広げて使うのは無理がありそうです。バンドルから作られる層をバンドル層と呼ぶことにして、
に言い換えます。ちょっと長たらしいけど、このほうが意味がハッキリします。
代数化空間
代数化空間〈algebraized space〉という独特の用語もやめて、可換環付き空間〈commutative-ringed space〉で済まそうと思います。同様に、加群付き空間〈moduled space〉とかベクトル空間付き空間〈vector spaced space〉とかも使います。
「ナントカ付き空間」は、台位相空間を意識した言い方ですが、定義の上では層と同じなので:
この言い方だと、「集合の層」は「集合付き空間」ですが、「集合付き空間」とは言わないなー。
「の」の省略
「可換環の層」「加群の層」などの「の」は省略することがあります。「可換環の層の上の加群の層」だと、漢字のあいだに「の」が4個あります。「可換環層の上の加群層」のほうが幾分スッキリします。
一般に、ナントカの圏に値を持つ層は「ナントカの層」ですが、「の」を省略して「ナントカ層」とも呼びます。
層化
層化〈sheafification〉という言葉が2つの意味で使われます。
ひとつは、前層を層にする操作のことです。台位相空間Xと値をとる圏Cがタチのよい場合は、C-PSh[X]→C-Sh[X] という層化関手が定義できます。これは、C-Sh[X]⊆C-PSh[X] という包含埋め込みの左随伴関手(随伴ペアの左関手)になっています。
もうひとつは、圏Cでの議論を、C-PSh[X] や C-Sh[X] での議論に拡張するとき、「ナニナニを層化する」と言うようです。これは便利な言い回しだな、と思うのですが、混乱を避けたいので使わないことにします。「層的に拡張」とかにします。
加群が作用するアフィン構造
意図と文脈がまったく違うのですが、たまたま最近、アフィン空間の記事を書きました。
アフィン空間の詳しいことは上記記事を参照してください。
アフィン空間では、点の集合Pとベクトル空間Vがあり、α:P×V→P という作用が「点とベクトルの足し算」とみなせます。σ:P×P→V も定義できて、これは「点と点の引き算」とみなせます。アフィン空間では、足し算αと引き算σが、普通の算数感覚で扱えます。ただし、点とベクトルはチャンと区別しましょう。
体R上のベクトル空間Vの代わりに、可換環S上の加群Mを使ってアフィン構造を定義できます。ナニカの集合Ψがあって、作用 α:Ψ×M→Ψ がアフィン空間の公理を満たすとき、S-加群M上のアフィン構造と呼ぶことにします。
アフィン空間である条件が、スカラー〈係数〉達が体であることに依存してるわけではないので、可換環上の加群に対しても同様な構造が定義できます。ナニカと加群元の足し算、ナニカとナニカの引き算(結果は加群元)を持つ構造です。
共変微分の集合層
前節のナニカとして共変微分をとります。もし、共変微分と加群元の足し算、共変微分と共変微分の引き算(結果は加群元)ができるならば、共変微分の集合はアフィン構造を持つことになります。ここから先、足し算と引き算を定義します。
状況設定として、(X, A) を可換環付き空間とします。AがX上の可換環層と言っても同じなので、(X, A) を単にAと書いてもかまいません。が、台位相空間を忘れないように記しています。Ωは (X, A) 上の加群層で、d:A→Ω は微分〈ライプニッツ射〉で、(A, A, Ω, d) は抽象微分多様体だとします。
Eを、可換環付き空間 (X, A) の上の加群層とします -- 可換環層A上の加群層Eと言っても同じです。Eはベクトルバンドル層である必要はありません。
(X, A)上の加群層Eの共変微分全体の集合を CovDer(E) とします。CovDer(E)は、単なるひとつの集合ではなくて、集合の層です。CovDer(E) にアフィン構造を持たせたいのですが、このアフィン構造は、層的に拡張されたアフィン構造です。
アフィン構造の加群層部分
A-加群層Eの共変微分∇は、次のようなライプニッツ射でした。(Aによる掛け算を左からにした場合。)
- ∇:E→ΩAE
∇は、A-加群層射(2つのA-加群層のあいだの準同型射)にはなりませんが、スカラー体K上のベクトル空間層のあいだの準同型射にはなっています。よって、
- ∇∈VectK-Sh[X](E, ΩAE)
共変微分∇はA-加群層射になってないのですが、2つの共変微分 ∇, ∇' の差をとると、A-加群層射になります。これは、U∈|Open(X)| ごとに、次が成立することです。
- For x∈E(U), a∈A(U),
(∇U - ∇'U)(a・x) = a・[(∇U - ∇'U)(x)]
この等式は、∇も∇'もライプニッツ法則を満たすことから簡単に出ます。
以上により、
- (∇ - ∇')∈ModA-Sh[X](E, ΩAE)
が分かりました。これで“引き算”が定義されたことになります。
∇が共変微分で、γが E→ΩAE というA-加群層準同型射のとき、(∇ + γ):E→ΩAE が再び共変微分になる(ライプニッツ法則を満たす)ことも簡単な計算で示せます。これで、CovDer(E) の要素(共変微分)と ModA-Sh[X](E, ΩAE) の要素の“足し算”が定義できました。
いま定義した足し算と引き算により、集合層 CovDer(E) には、A-加群層 ModA-Sh[X](E, ΩAE) による作用が入り、全体としてアフィン構造の層になります。
ΩとEがベクトルバンドル層のときは、ModA-Sh[X](E, ΩAE) を簡単な形に変形できて、具体的な表示が得られます。その具体的な表示が共変微分に伴う接続係数になります。