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参照用 記事

グロタンディーク流サイトについて調べてみた

サイト〈site〉とは、圏であり、その対象が位相空間のように扱える構造を備えたものです。“位相を持った圏”とも言われます。“サイト=位相を持った圏”はグロタンディークのアイディアですが、本来のグロタンディーク位相以外に、様々な変種があるので、それらを総称してグロタンディーク流位相〈topology à la Grothendieck〉と呼ぶことにします。すると、「サイト = なんらかのグロタンディーク流位相を持つ圏」となります。

サイトについて、いくつかの記事を書きました。

  1. ビッグサイト微分幾何と自然変換の上付き添字
  2. サイトと層の大きさやら作り方やら
  3. ビッグサイトから巨大サイトへ

三番目の記事で巨大サイト〈giant site〉と呼んだタイプのサイトを使っている例を検索してみたので、それらを眺めた感想を記しておきます。

内容:

巨大サイトを使っている例

次の論文(順不同)で、巨大サイトを使っています。たまたま見つかったものなので脈絡はありません*1

  1. Differentiable Stacks, Gerbes, and Twisted K-Theory
  2. A NOT SO SHORT INTRODUCTION TO GROTHENDIECK TOPOI (EXTENDED ABSTRACT)
  3. Smooth loop stacks of differentiable stacks and gerbes
  4. Equivariance In Higher Geometry

使っているサイトや層をなんと呼んでいるかを表にまとめると:

nLabの分類 little big
ここでの分類 リトル ビッグ 巨大
1. Xu small on Man big on Man
2. de Carvalho Zariski on Top étale on Top
3. Roberts-Vozzo O, C, Subm on Man
4. Nikolaus-Schweigert open, sub on Man

グロタンディーク流位相を載せている台となる圏は、(なめらかな)多様体の圏Man位相空間の圏Topです。以下、グロタンディーク流位相を単に「位相」ともいいますが、普通の位相(開集合の集合)ではありません。

XuのMan上のsmall位相と、de CarvalhoのTop上のZariski位相は、標準的なリトル位相、つまり空間 X ごとに開集合の圏 Open(X) を考えるものです。したがって、Xuのsmallサイトとde CarvalhoのZariskiサイトは伝統的なサイト構造を持ちます。de Carvalhoは代数幾何の言葉を借用してますが、Top上のZarisiki位相〈グロタンディーク流位相〉は、スペクトルのザリスキー位相ではないです(用語法がマズイ気がする)。

Xuのbig位相、Roberts-VozzoのO位相、Nikolaus-Schweigertのopen位相は同じもので、標準リトル位相と大差ありません。単射 u:U→M in Man で、Uと“Mの開集合”との同相を与える射(開埋め込み)を開射〈open morphism〉として、開射の族 (ui:Ui→M | i∈I) が全体として全射〈jointly epic〉のとき被覆だとします。

de Carvalhoの(Topにおける)étale射は、局所同相写像のことで、étale射の族が全体として全射のとき被覆だとする位相が(Top上の)étale位相です。これも、代数幾何と同じ言葉ですがTopでの話です。

Roberts-VozzoのSubm位相と、Nikolaus-Schweigertのsub位相は同じ位相で、単一の全射的しずめ込み〈surjective submersion〉を被覆とする(Man上の)位相です。

Roberts-VozzoのC位相とは、"regular closed compact neighbourhoods, such that the interiors also cover"が被覆になる位相だそうです。有限次元多様体においては、コンパクト集合は正則閉集合なので、無限次元多様体も考えるときにC位相を使うようです(よく知らんけど)。

グロタンディーク流位相を定義している実体は被覆(と呼ばれる射の族)の集まりですが、被覆の集まりとして違っても“同値な位相”になることがあります。同値性の定義は次のようなものがあります。

  1. 与えられた2つの被覆の集まりを可能なかぎり膨らまして(飽和させて)同じ集まり(集合とは限らない)になる。
  2. 与えられた2つの被覆の集まりから定義される層の概念が同じになる。
  3. 与えられた2つの被覆の集まりから定義されるスタックの概念が同じになる。
  4. 与えられた2つの被覆の集まりから定義されるトポスが、トポスとして同値になる。

de Carvalho論文とNikolaus-Schweigert論文に、それぞれ次のことが書いてあります。

  1. Top上で、Zariski位相(=small位相=標準リトル位相)とétale位相は、同値なトポスを定義する。
  2. Man上で、open位相(=O位相)とsub位相(=Subm位相)が定義するスタックの概念は同じになる。

目的とする構造(トポスやスタック)が同じになるのなら、位相(被覆の集まり)の与え方が違うのは別にかまわないのです。

被覆系による位相の定義

nLabの意味でのビッグサイトは、あんまり使われないようです*2。使っているのは、従来型のリトルサイトか、巨大サイトです。となると、nLabの用法とは食い違いますが、巨大サイトをビッグサイトと呼んでもいい気がします。実際、Xuのビッグサイト/ビッグ層は、巨大サイト/巨大層の意味です。

グロタンディーク流位相の定義としては、グロタンディーク・プレ位相が使い勝手がいいですが、一般性からはやはり被覆系〈coverage〉が優れているようです。

射の族の集まりが被覆系であるための条件はひとつしかありません。しかし、その条件は複雑です。ここで確認しておきましょう。

被覆系の条件: 圏Cの対象 X 上の任意の被覆族〈covering family〉U = (Ui→X | i∈I) と、任意の射 f:Y→X を取ったとき、次のような、Y 上の被覆族 V = (Vk→Y | k∈K) が存在する。

\require{AMScd}
\forall k \in K, \\
\exists i \in I ,\; \exists g:V_k \to U_i \:\mbox{in}\:  {\mathcal C}.\\
\mbox{commutes}\: [ \\
\begin{CD}
V_k  @>{g}>>     U_i \\
@VVV          @VVV \\
Y    @>{f}>>  X
\end{CD} \\
]

上記の図式を D として、条件全体をもう一度論理式で書けば:

  • ∀ X ∈|C|, ∀ U = (Ui→X | i∈I) ∈Cov(X), ∀ (f:Y→X) ∈Mor(C).
    ∃ V = (Vk→Y | k∈K) ∈Cov(Y).
    ∀ k ∈K, ∃ i ∈I, ∃ (g:Vk→Ui) ∈Mor(X). commutes [D]

鬱陶しい条件ですが、これひとつだけですし、圏Cに対して何の条件も要求していません。ファイバー積〈引き戻し〉が作れないときでも使えるのが便利です。

単元被覆系

今回驚いたことは、被覆系の単純化としての単元被覆系という概念です。これは、コロンブスの卵。

サイトCの対象Xをターゲットとする被覆族〈covering family〉の集まりを Cov(X) と書くのでした。U∈Cov(X) ならば、Uは、適当な添字集合 I を持つ族 (ui:Ui→X | i∈I) です。この添字集合が単元集合〈singleton set〉なら、被覆を単に一本の射 u:U→X とみなせます。添字集合がすべて単元である被覆系を単元被覆系〈singleton coverage〉と呼びます。

単元被覆系においては、被覆は族ではなくて射です。

  • u∈Cov(X) ⇒ (u:U→X for some U)

単元被覆系では、色々と話が単純になります。例えば、被覆系である条件は次のように書けます。

  • ∀ X ∈|C|, ∀ (u:U→X) ∈Cov(X), ∀ (f:Y→X) ∈Mor(C).
    ∃ (v:V→Y) ∈Cov(Y).
    ∃ (g:V→U) ∈Mor(X).(g;u = v;f)

Man上のSubm位相〈sub位相〉は単元被覆系です。さらに、Subm位相は次の性質も持ちます。

  • (u:U→X), (v:V→X) ∈Cov(X) ならば、uとvのファイバー積が存在して Cov(X) に入る。

一般に、圏Cの部分圏Sがあって、次の条件を満たすとします。

  1. S(X) := {u∈Mor(S) | cod(u) = X} とすると、X \mapsto S(X) は、C上の単元被覆系になる。
  2. u:U→X, v:V→X in S ならば、uとvのファイバー積もSに入る。

このとき、CSのペアは、使いやすいサイトを定義します。C = ManS = (全射的しずめ込みの圏) 以外に、C = TopS = (全射的étale写像の圏) もこのようなサイトの例です。

今まで出てきたグロタンディーク流位相とサイトの特徴をまとめておきます。

位相 台圏 開射 被覆は族か射か
open Top, Man 開埋め込み 被覆族
étale Top, Man étale写像 被覆族
Subm Man 全射的しずめ込み 被覆射(単元族)
surj-étale Top, Man 全射的étale写像 被覆射(単元族)

*1:しかしながら、やはりテーマに共通性は見られます。層、スタック、ジェルブ〈gerbe フランス語〉などを話題にしてますね。

*2:ビッグサイトは、主題的に扱うよりは、巨大サイトとリトルサイトのつなぎ役のような位置付けのようです。